金正恩氏が「あの国」の情勢が気になって仕方ない理由

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北朝鮮のメディアは閉鎖的な国情を反映し、扱う情報の幅は極めて狭い。世界各地での出来事を伝える国際ニュースもあるにはあるが、ほんの数行の記事が、場当たり的に掲載されるだけだ。

しかし、ことシリア情勢に限っては、けっこう細かく報じている。とくにこの10月以降、朝鮮中央通信は、バッシャール・アサド大統領の政府軍が反政府勢力に軍事攻勢を加える様子を頻繁に報道した。

これままず間違いなく、金正恩党委員長の関心を反映したものだ。なぜそう考えるかと言えば、正恩氏は、北朝鮮のメディア戦略を直接グリップしているように思えるからだ。そうでなかれば、公式メディアが正恩氏のヘンな写真を、あれほど次から次へと公開できるはずがない。

そして今月、6年近くに及ぶシリア内戦で、政府軍は最激戦地のアレッポをほぼ制圧。アサド氏はシリア全土の支配権奪還を目指す姿勢を示している。

こうした「戦友」の「勝利」に対し、金正恩党委員長は何を思っているのだろうか。

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シリアのアサド政権と北朝鮮の金正恩体制は、きわめて強い絆で結ばれている。正恩氏が誕生日に祝電を送り、その事実を公開している相手はキューバのラウル・カストロ議長、ラオスの当代国家主席、そしてアサド氏の3人しかいない。

両国の関係が深まったきっかけは第4次中東戦争である。正恩氏の祖父である金日成主席が、アサド氏の父であるハーフェズ・アサド大統領らの求めに応じて空軍パイロットを派兵。ともに、強力無比なイスラエル空軍と戦ったのだ。

ただ、当時と現在の国際環境はまったく異なる。正恩氏は、祖父と父親が結んだ絆を、特別な理由もなく大事にしているのだろうか。筆者には、どうもそうとは思えない。

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いま、国際的に孤立しているシリアを支えるのは、ロシアとイランである。いずれも北朝鮮の友好国だ。シリアとイランは、北朝鮮の武器取引の得意先でもある。

そしてこれらのいずれもが、米国との間に緊張関係を抱えている。

とりわけ北朝鮮は、核兵器開発という世界最大の禁忌を犯しており、そこに人権問題までがかぶさったことで、米国との緊張解消は極めて難しくなっている。

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正恩氏が、核兵器開発を絶対に放棄しないのだとすれば、彼は国家指導者としてある種の世界観を必要としているはずである。それは、米国との関係改善を望まず、米国の影響力を周囲から極力排除して生きていくという世界観だ。

シリアの国土は内戦で荒廃してしまった。政府軍を軍事的な窮地から救ったロシアやイランにも、シリアの復興を助けられるほどの国力はない。

しかしそれでも、アサド氏は米国によって殺されてはいないし、国民に膨大な犠牲を強いながら、自らの権力を回復しようとしている。

正恩氏は、自分にはもはや、アサド氏のような生き方しか選択できないことを本能的に悟っているのではないだろうか。それこそが、彼がシリア情勢に強い関心を寄せる理由であるような気がする。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記