金正恩氏の「最愛の妹」が「最強の妹」に変身している

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北朝鮮の金正恩党委員長は、8月末から9月初めにかけて発生した北東部の大水害被災地を、いまだに訪れていない。

その理由について、北朝鮮国内の情報筋や韓国の北朝鮮ウォッチャーからいくつかの観測が出ていることについては、筆者も何度か言及してきた。中でも有力に思えるのは、洪水によって国境警備隊の武器庫が倒壊、銃器や弾薬類が流失し、いまだ回収が終わっていないから、との指摘である。

友人が謎の「大量失踪」

確かに、米韓で金正恩氏を狙う「斬首作戦」が半ば公然と議論されている状況下では、うなずけるものだ。それでも気になるのは、誰が、「被災地には行かない」という結論を下しているかだ。現在の北朝鮮において、正恩氏がどこへ行き、行かないかという決定を下せるのは、正恩氏ひとりであるように思える。

しかし彼は、韓国軍の射程内にある最前線の小島にまで、ゴムボートに乗って行ってしまう一面もある。最高指導者となって以来、やたらと「人民愛」を強調してきた彼にとって、被災地で復興の陣頭指揮を取って見せることは、自らを宣伝する上で絶好の機会でもある。

これらの矛盾の間に、いったい何があるのか……。そう考えていたところ、ひとつのヒントを得ることができた。韓国IBK経済研究所のチョ・ボンヒョン副所長がデイリーNKの取材に対し、「正恩氏の妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が被災地訪問を止めている」との見解を伝えてきたのだ。同副所長は言う。

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「正恩氏の行事全般は護衛司令部が担当しており、その裏には与正氏がいる。彼女は兄の動線のみならず、随行員の面子まで決めている」

言われてみればそうだ。かつて、金日成主席の現地指導の行き先などは、金正日総書記が細かく決めていたとされる。そして今、正恩氏に対してそれを出来るのは、おそらく与正氏しかいない。

なぜなら与正氏は、正恩氏にとってかけがえのない存在であるからだ。日本の大阪にルーツがある正恩氏に対しては、北朝鮮幹部らも陰で「ニセモノ説」を囁いていると言われる。

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正恩氏が本当に心を許せるのは、血を分け合った兄妹しかいないのである。

また与正氏は、朝鮮労働党中央委員会・宣伝扇動部の副部長の地位にあり、政治行事を担当していると言われる。その職責上も、正恩氏の活動に意見を言うべき立場にあると言える。

一方、党中央委の副部長と言えば、日本の中央省庁の審議官から事務次官級に相当する高級官僚だ。そして宣伝扇動部は、国民の思想や情報の統制を司る部署だ。北朝鮮で外部の情報に触れた人々が、拷問や銃殺を含む厳しい処罰を受けているのは、周知のとおりである。

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そのため、いずれは国際社会による制裁対象に指定されるとの噂もある与正氏だが、正恩氏の「最強の側近」であると確認されれば、彼女に対するプレッシャーはいっそう強まるだろう。

以前は正恩氏に随行するたび、その明るい笑顔が公式メディアで紹介されていた与正氏も、制裁指定を警戒してか、その動静が隠されるようになっている。

かつて、学生時代の友人らが些細な言動のために「大量失踪」した際には、ショックを受け深く傷ついたとされる与正氏。

しかし彼女もいずれは、そうした素朴な横顔を完全に捨て、北朝鮮の最高権力の一員として君臨する日がくるのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記