米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は24日、ロバート・アインホーン元米国務省調整官(現ブルッキングス研究所研究員)の次のような言葉を紹介した。
「北朝鮮側はトランプ次期米政権の北朝鮮政策に高い関心を示した」
ブチ切れ拳銃乱射
アインホーン氏は17~19日、スイスのジュネーブで、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソニ)外務省米州局長らと対話を行っている。
対話にはほかに、米国側から米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮分析サイト「38ノース」を運営するジョエル・ウィット元国務省北朝鮮担当官、ロバート・カーリン元中央情報局(CIA)分析官らが参加した。現在は民間人であるとはいえ、国務省やCIAなどにパイプを持つ専門家たちだ。北朝鮮側からはチャン・イルフン国連次席大使も参加している。
もっとも、米国側一行はトランプ氏の北朝鮮政策がどのようなものになるかという情報を持たず、次期政権の政策も構想段階であるため、北朝鮮側が満足するような回答はできなかったという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一方、北朝鮮外務省は21日、自国の核武装は米国からの圧迫が原因である、とする「備忘録」を発表した。金正日総書記が死去してから来月で5年を迎えるのを前に発表する、との体裁を取っているが、おそらくはトランプ次期政権の反応をうかがうための「観測気球」なのだろう。ジュネーブ対話の直後というタイミングも、そのことを示唆している。
興味深いのは、備忘録の構成である。備忘録には、以下の小見出しにより、3つのパートに区切られている。
1.政治的圧殺と制度崩壊を狙った極悪な対朝鮮敵視策動
2.危険千万な軍事的敵対行為と核脅威恐喝の極大化
3.経済的窒息を狙った反人倫的制裁策動
捕捉すると、1番目の「敵視策動」の中身は大部分が人権問題になっている。つまり北朝鮮は、オバマ政権と激しく対立した理由は第一に人権問題であり、次に米韓合同軍事演習など武力による威嚇、そして経済制裁であった、と述べているわけだ。
そして、トランプ次期政権がこれらについて譲歩する気があるのなら、対話の場に出てやっても良い、とのメッセージであるようにも読める。
もしそうなら、これはなかなか微妙な提案である。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面トランプ氏は果たして、北朝鮮との対話のために、何らかの譲歩を行うような人物だろうか。現時点では、筆者にはまったくわからない。
しかし、「北朝鮮の人権侵害はけしからん」くらいのことは言うかもしれないが、オバマ政権以上に真剣に取り組むようには見えない。ということは北朝鮮にとって、トランプ氏はこの問題において、意見の調整がある程度できる人物であるように見えているのではないか。
ちなみに、金正恩党委員長の「核の暴走」の裏には人権問題がある。正恩氏は米国から人権問題で制裁指定された際、激怒して拳銃を乱射したという情報もあるほどで、人権問題は北朝鮮情勢の「焦点」とも言えるものなのだ。
(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑 )口汚く罵る
次に軍事的威嚇だが、トランプ氏はかねてから、日韓に駐留米軍の費用負担の拡大を求めてきた。それが今後、どのような動きにつながるかは未知数だ。だが、日韓に対する「安保タダ乗り」論を展開している人物が、軍事演習を自国の負担で拡大したり、現地の戦力を増強したりするというのも考えにくい。この点でも、トランプ氏は正恩氏の目に、利害調整の可能な人物として映っているのかもしれない。
3つ目の経済制裁は、先に人権問題や軍事問題の整理がつかなければどうにもならない問題である。
このように見ると、トランプ氏が大統領選で勝って以降の北朝鮮は、近年では珍しく対話に前向きな姿勢を示していると見ることもできる。
ただ、こうした微妙な駆け引きが本格的な対話にまで行きつくためには、真摯かつ忍耐強い交渉が必要だ。関係者は、何があっても冷静でなくてはならない。
それを、金正恩政権とトランプ次期政権にやり切れるのか。やはり、それは難しいような気がする。どこかで堪え切れなくなった一方が相手を口汚く罵り、もう一方もそれに応じ、ちゃぶ台がひっくり返ってメチャクチャになる――こちらの方が、よほどありそうな展開ではないだろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。