米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)によれば、海外出張者の医療並びに安全対策サービスを世界の会員企業に提供している「インターナショナルSOS」と「コントロール・リスクス」の2社が15日、世界の渡航リスクの概要を把握できる『トラベル・リスク・マップ2017』(以下、リスクマップ)を発表した。
VOAによると、リスクマップは75カ国の「渡航リスク」と「医療リスク」を5段階で評価。対象となった国の中には北朝鮮も含まれており、渡航リスクについてはロシアやブラジルなどと並び、5段階の中間に位置付けられたという。
「自分の血の匂いに吐き気」
もしかしたら、これには意外な印象を抱く人もいるかもしれない。北朝鮮を訪れる在日朝鮮人や日本人は、周囲の人々から「大丈夫なの?」と心配されるのが常だからだ。
だが、北朝鮮は全体主義国家だ。当局は、国民の一挙手一投足を監視している。外国人の行動も厳しく制限されているが、その分、当局の制限から大きく外れない限り、危険な目に遭うこともほとんどない。
一方、医療リスクはどうか。やはりというべきか、北朝鮮に対する評価は最低ランクである。日本や韓国などと比べると、北朝鮮の医療システムは崩壊状態にあると言って良いくらいで、現地の人々ですら信頼していない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これについては、北朝鮮と国交のある英国外務省が昨年7月、「北朝鮮の医療施設と医師のリスト」という4ページの資料を公開し、自国民に注意を促したこともあった。北朝鮮の医療施設は劣悪で、衛生水準は基準以下だと指摘。病院には麻酔薬がない場合がしばしばあるため、北朝鮮での手術はできる限り避けることや、即時帰国するように勧告している。
実際、麻酔なしで手術を受けたことのある脱北者は、「メスを入れたお腹から伝わってくる痛みがどれだけひどいか。全身がぶるぶると震え、自分の血の匂いに吐き気がした」などと、その壮絶な体験について語っている。
(参考記事:【体験談】仮病の腹痛を麻酔なしで切開手術…北朝鮮の医療施設)覚せい剤がまん延
北朝鮮はこれまで、「無償医療制度」を誇ってきた。ちょっとした風邪の診断からMRT、CTスキャン、出産、手術に至るまで全部無料で受けられると自画自賛しているが、実態はかなり違う。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そもそも、国家や地方機関が運営する病院には医薬品がない。クスリもないのに単なる紙くずにすぎない処方箋を出すだけだ。そのため、少なくない国民が覚せい剤に医薬品としての効果があると勘違いし、まん延に拍車がかかっている。さらには医師も医大や専門学校を出たての新人が多く、ベテランは高額な報酬を要求する「ヤミ医療」に走っている。
金正恩党委員長は最近、医療関連施設の建設現場などを熱心に視察しているが、北朝鮮に足りないのはハコモノではなく、最低限の医薬品を揃え、窮乏の中で荒廃してしまった医師たちの「心」を取り戻すことなのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。