金正恩氏が「報復テロ」を恐れているのかもしれない

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北朝鮮で行政や司法機関の幹部、そして治安機関員を狙った襲撃、殺人などの凶悪事件が後を絶たない。事件の背景には、北朝鮮当局の強権的なやり方に対する庶民の反発がある。

妻子まで惨殺

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は次のように語った。

「最近の保安員(警察)たちは前面に出ず、労働者糾察隊に住民の取り締まりをさせている。一歩間違えれば、いつ誰に殺されるのかもわからないので、幹部でさえも一人では歩けないぐらいだ」

実は、治安機関や当局の幹部らは庶民からの「報復テロ」に怯えているのだ。こうした報復テロは、金正恩時代になって特に増加している。金正恩党委員長が、庶民への統制と取り締まりを強めているからだ。同時に、以前は権力に対して従順だった庶民たちも、今では公然と反発するようになった。残忍な方法による報復殺人事件も起きている。それだけ庶民の治安機関に対する恨みは大きいと言えるだろう。

(参考記事:妻子まで惨殺の悲劇も…北朝鮮で警察官への「報復」相次ぐ

女子大生まで拷問

同じくRFAの慈江道(チャガンド)の情報筋も「中央の指示を建前に、人民を厳しく収奪してきた幹部に対する殺人事件が、今年になって目に見えて増えている。慈江道だけではなく全国で相次いでいる」と語った。

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咸鏡北道の清津(チョンジン)市では、今年9月初めから10月末までの2ヶ月の間に、19件の殺人事件が発生。そのうち幹部に対する報復殺人が3件、殺人未遂事件が2件だった。

9月末、清津市水南(スナム)地区保安署捜査課の保安員が退勤中に暴漢に襲われ殺害された。実は、この保安員は捜査の過程で住民を厳しく拷問する悪名高い人物だったという。秘密警察である国家安全保衛部(保衛部)も女子大生を拷問するほどの残虐さで庶民たちから恐れられているが、地方警察においても拷問が横行しているようだ。

「拷問収容所」の管理者も

10月18日には、取り締まりの名目で旅行者の荷物を奪った清津駅保安署の保安員が駅構内でレンガで撲殺された。また、学生にガソリンと賄賂を強要していた清津師範大学の革命歴史学部講座長が夜中に棒で殴り殺された。

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さらに9月16日には、清津市水南地区の女性の党書記が暴漢に襲われて意識不明の状態となった。10月8日には、羅南(ラナム)区域の人民委員会労働課長が刃物で刺されたが、なんとか一命を取りとめた。そして、これらの事件の犯人は一人も捕まっていない。

10月19日には、慈江道の教化局から満浦(マンポ)市の保安署に新しく赴任してきた保安員が旅館で、刃物で刺され死亡する事件が発生した。教化局とは、拘禁施設である教化所を管理する部署だ。強制労働、拷問、そして女性虐待が常態化している教化所の管理者だっただけに、住民から恨みを買って殺害された可能性が高いと情報筋は見ている。

このような凶悪事件が相次いでいるにもかかわらず、さらなる報復テロを恐れてか司法機関の捜査自体も進んでいない。さらに「こうした報復殺人事件をいちいち摘発していたらきりがないほど事件が多発している」と咸鏡北道の情報筋は語った。

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北朝鮮で多発する当局者に対する凶悪殺人事件。こうした事件を擁護するつもりはまったくないが、庶民たちは当局者に対して積もり積もった憤怒を爆発させているのかもしれない。

今のところ、北朝鮮当局の頂点に君臨する金正恩氏に、庶民らの怒りが直接届く様子は見られない。しかし、気になる動向もある。ここ最近目立ちたがり屋の金正恩氏の地方への現地指導の回数が減っているのだ。当局者に対する報復テロは、正恩氏にも報告されているはずだ。現地指導が激減している裏には、金正恩氏が庶民らの反発に恐れていることがあるのかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記