北朝鮮社会では、長年の経済難のため庶民生活のみならず、当局機関や軍隊に至るまで、ありとあらゆる物資が不足している。
相対的に経済事情、とりわけ食糧事情は好転したとはいえ生活物資が絶対的に不足気味の中、庶民達は全てのものを大切に使う。ある脱北者は「北朝鮮ではネジ一本すらムダにしなかったよ」と、その節約精神に胸を張るぐらいだ。
不気味なぞうきん集め
そうした苦労も顧みず、北朝鮮当局は様々な物資を庶民から徴発する。現金やコメはもとより、薪、クズ鉄、ぞうきんなどなど。一見ばかばかしく思えるが、クズ鉄などは学校単位で徴収される。リサイクルされ兵器が製造されるのだ。厳しいノルマも存在することから、時には「クズ鉄争奪戦」が勃発し、乱闘まで起きるケースもある。無鉄砲な学生たちはとんでもない手段でクズ鉄をゲットする。
また「ぞうきん」も特有の事情から北朝鮮軍には必要不可欠なアイテムだ。クズ鉄もぞうきんも本来なら国家が確保すべきもの。それを庶民から徴発すること自体が、北朝鮮軍の意外な「弱点」を浮かび上がらせている。
なんでもかんでも巻き上げようとする当局に、一般庶民が冷ややかな目を向ける中、今度は意外なあるモノの徴発をはじめたと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。当局が新たに集めようとしているのは「タバコの銀紙」。一体、なんのためか。
「高射銃」で人体が跡形もなく
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面RFAの咸鏡北道(ハムギョンブクト)在住の情報筋によると、今年6月に中央から「タバコの箱の中に入っている銀紙を集めて、提出せよ」との命令が下されたのだが、その理由がなんとも不可解なのだ。
「当局は軍事施設のカモフラージュに使うためだと言っている。壁に銀紙を貼り付けると、人工衛星からの撮影ができなくなるそうだ」(情報筋)
命令が下された6月当時は、他の支援事業が目白押しだったことや庶民たちもあまりにもバカバカしいと思ったせいで「タバコの銀紙集め」は進展が見られなかった。ところが、11月に入って状況は一変する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「突然、学校や人民班(町内会)を通じて、改めて『タバコの銀紙をあつめよ』との命令がくだされた。あまりにもしつこいので、小学生たちは道端に落ちているタバコの箱を集め始めた。出せなければ現金を要求される」(情報筋)
咸鏡北道の別の情報筋によると、道内の軍部隊には銀紙でカモフラージュした施設がお目見えしたという。人通りの多い、清津(チョンジン)市の水南(スナム)市場のそばにある高射砲部隊にも同様の施設があるため、人々の話題に上っているとのことだ。
高射砲といえば、過去にはこの銃火器を使用した公開処刑が衛星写真に捕らえられたことがある。人間をミンチにする高射砲を使用した金正恩党委員長の残虐な処刑方法が衛星写真で明らかになったのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ちなみに自衛隊OBに「はたして銀紙で衛星写真からカモフラージュできるのか」と聞いたところ、帰ってきた答えは「うーん…反射率を変える目的なんでしょうかねぇ。聞いたことがない方法ですので全否定できませんが、ハテナが10個ぐらいつきます」だった。かつて日本でも竹槍でB29を落とそうとしていたが、それと似通ったことを北朝鮮当局は行っているようだ。
当局が躍起になっているタバコの銀紙集めに対して、庶民たちは嘲笑混じりで次のように批判している。
「人民の支援がなければ軍事施設もカモフラージュできないのか」 「兵士に食糧配給もまともにできないくせして、軍事施設を偽装して何の意味があるのか」
そもそも、北朝鮮でもタバコを製造している。わざわざ施設を覆うほどの銀紙を路上から集めるより製造している銀紙を使用した方が早いのではないだろうか。庶民とちがってどうも的外れな節約精神と言わざるをえない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。