韓国では朴槿恵大統領がただ一人、心を許す関係だったという崔順実(チェ・スンシル)氏による国政の私物化事件が連日トップニュースになっている。崔氏は「ムダン(巫堂)」と呼ばれるシャーマニズムにおける「巫女」で、神通力をもって朴大統領を「支配」していたという噂もまことしやかにささやかれる。
もはや「なんでもあり」で韓国国民からも完全にそっぽを向かれた朴大統領であるが、今回は大統領であったから問題になっただけで、ムダンなどの占い師に頼ることは南北朝鮮では一般的な光景だ。
秘密警察も占い頼み
北朝鮮でも庶民から「金主(トンジュ)」と呼ばれる新興成金まで、占いは生活に根付いている。
韓国の有力紙「東亜日報」で10余年にわたって北朝鮮関連の記事を書き続ける脱北者出身のチュ・ソンハ記者は、自身の運営するブログ「ソウルで書く平壌の話」に今月4日投稿した記事の中で、今の北朝鮮は「迷信の全盛時代を迎えた」と表現した。
「占い師の家が10里(4キロ)にひとつずつある」とさえ言われ、「占い師があまりにも多いので、北朝鮮を離れて韓国で占い師をしている脱北女性も数人いる」というから驚きだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面チュ氏によると、北朝鮮でポピュラーな占いは「土亭祕訣(トジョンピギョル)」と「四柱推命」だという。
「土亭祕訣」とは李氏朝鮮時代の16世紀に書かれた占いの本で、一年の運勢を占う。月ごとの運勢が短く説明され、一年の指針として年初に行うことが多い。「四柱推命」は人生全般の運を占うものだ。いずれの占いも原理があるため、生年月日と生まれた時間が分かれば比較的簡単に行える。
ただ、そのためには本がいる。チュ記者は「『土亭祕訣』が一冊あれば、『運勢を見てくれ』という人を相手に、大金持ちになることができた」と90年代から2000年代を振り返る。ちなみに、ソウルに来て「土亭祕訣」が一冊1000円以下で売られているのを見てショックを受けたそうだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面もっとも、今では北朝鮮でも「土亭祕訣」を買えるという。「値段は300元(約4500円)で、コメなら60キロ、トウモロコシならば100キロ以上買うことができる金額」とのことだ。また「2013年ころからパソコンに韓国製の『四柱推命』のプログラムをインストールしている人も多い」という。携帯電話300万台に代表されるデジタル化の波は、占いにまで押し寄せている。
北朝鮮で占いは違法である。刑法256条では、カネや物品を受け取って迷信行為を行った者は1年以下の労働鍛錬刑に、罪状の重い者は3年以下の労働教化刑に処すと規定されている。だが、チュ記者は「幹部も占いに頼るので統制も意味を持たない」とバッサリ切り捨てる。
さらに「最近ではついに、国家安全保衛部(以下、保衛部)の捜査官もこっそりと占い師の家を訪ね、犯人を見つけてくれと頼んだりもするようになった」とも言う。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面保衛部と言えば、金正恩体制護持の切り札とも言える、泣く子も黙る「拷問部隊」だ。思想犯を取り締まるのが主任務だが、こんなことで正恩氏を守り抜けるのだろうか。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)「金正恩は3年後に逝く」
チュ記者は歴代の指導者も占いを好んだ事実を指摘する。「重要な大会(行事)がある日を見ると、大部分、吉日に行われている。金正日の場合は数字の3に執着した。彼が最高人民会議の代議員(国会議員)に選出される選挙区は、333号や666号のように、3と関連する数字であった。金正恩も一昨年、111号選挙区に出馬したが、これも足すと3になる」。
実際に金正日氏は1998年7月の代議員選挙の当時、666号選挙区から選出されている。2009年に3月の同選挙の際には333号選挙区で候補者として推戴されている。金正恩氏は2014年2月白頭山にある111号選挙区で同じく推戴された。金正日氏の誕生日が2月16日という点も、3への執着に関係しているようだ。
だが、チュ記者はブログの最後でキツい突っ込みを入れている。「とはいえ、いくら3に執着しようが、意味はないようだ。金正日は12月に69歳で死んだからだ。最高の占い師が教えてあげただろう数字の3は、幸運の数字ではなく、運の悪い数字だったのかもしれない。金正日が今の時代に現れたら『占いなんて信じるな』とでも言いそうだ」。
ちなみに北朝鮮では最近、「金正恩は3年後に死亡する」との占いの結果が、噂となって拡散しているとも言われる。本人の耳に入ったとしたら、どんな思いがするのだろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。