殺されても「金正恩ジョーク」を止めない北朝鮮の人々

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北朝鮮でも政治体制に不満を抱き、ジョークや隠語などで金正恩体制を批判する人々はいる。

米ワシントンDCのシンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)は、「北朝鮮人の不満、大胆なジョーク」という報告書を通じてこうした現状を明らかにした。調査は北朝鮮国内で担当者が「顔を合わせて自然に会話をする」形で行われたという。より自然な人々の声を引き出すため、そして調査担当者と回答者のリスクを軽減するためだ。また、脱北者でなく、現在北朝鮮在住の人々が対象だ。

ささいなことで拷問

金正恩体制に反発する北朝鮮の人々のリアルな声は、本欄やデイリーNKジャパンでも繰り返し伝えてきたが、今回の調査も、今の北朝鮮国内の雰囲気を伝える貴重なものと言える。

民主国家ではない北朝鮮では、治安当局は、国民の人権より体制維持を最優先する。そのために、庶民の自由な言動や抗議活動を許さず、これを防ぐために恐怖政治を敷いている。恐怖政治の道具となるのが、公開処刑や政治犯収容所、そして些細な罪状で拷問さえ厭わない秘密警察・国家安全保衛部の無慈悲な取り締まりだ。

「公開処刑」もネタに

それでも、庶民は様々な手段を通じて不満を示す。CSISの調査は、28歳から80歳までの男女36人が対象だ。男性は20人、女性は16人。居住地は慈江道(チャガンド)、黄海北道(ファンヘブクト)以外の全国に及び、職業も一般労働者から、医者、会社の代表、理髪師、コック、公衆浴場の従業員など様々だ。質問に対して回答を拒否された例は一つもなかったという。

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そして、「隣人、友達、家族に個人的に国や暮らしについて不平不満を述べたり、批判したりするか」という質問に、なんと36人中35人が「する」と答えた。サンプル数は少ないものの、実に97%が不満を示したことになる。

先述のとおり、政権を批判したり冗談のネタにしたことがバレたら、政治犯とされ収容所送りにされるなどの非常に深刻な事態を招きかねない。それでも批判、冗談を口にしていることは「非常に驚くべきこと」とCSISは解説している。

もちろん北朝鮮の人々も、言質を取られるような体制批判をするわけではない。例えば、昨年、北朝鮮の若者たちの間では「4丁高射銃で撃たれてみるか?」というジョークが流行った。

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「4丁高射機関銃」とは、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力部長の公開処刑で使われた銃火器で、人間を文字通り「ミンチ」にする恐ろしいものだ。せい惨な処刑をジョークにするとは、いささか悪趣味だが、公開処刑が珍しくない北朝鮮の現実を反映していると言えるだろう。

間接的な表現で取り締まりから逃れようとする北朝鮮の庶民たちだが、運悪く拘束される場合もある。北韓人権情報センターに記録された人権侵害事例6万5282件のうち、816件が「マルパンドン」(言葉の反動)と言われる体制批判によるもの。つまり、たった一つの「失言」で「この世の地獄」と称される拘禁施設に送られ、無慈悲に処刑されることすらあるのだ。

北朝鮮からは、目に見える抗議行動の情報が伝わってこないことから「人々は洗脳されている」、もしくは「国民全員が金正恩体制を支持している」と誤解されることがある。しかし、それは事実ではない。「北朝鮮の人々は不満を抱かない」という主張は、拷問や処刑でもって民心を踏みにじる金正恩体制にとって都合のいい理屈に過ぎない。

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デイリーNKジャパンが最近発表したムック『脱北者が明かす北朝鮮』でも詳細をレポートしているが、非民主的な金正恩体制に抗う北朝鮮庶民たちの声は、より広く伝えられるべきだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記