30万人被災の大惨事で金正恩体制が「終わる」可能性

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北朝鮮で起きた水害の被災者が、30万人に上るとの情報が浮上している。

水害は8月末から9月初めにかけて、北東部の咸鏡北道(ハムギョンブクト)で発生。朝鮮中央通信は9月14日、「死者と行方不明者を含む人命被害は数百人に及び、6万8900人余りが屋外で生活している」と報じていた。

戦車で轢殺

ところが、韓国の民間シンクタンク、世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長が23日、北朝鮮消息筋から入手したとして聯合ニュースに伝えた情報では、実際の被災者の数は発表の4倍余りとなる30万人に達するという。

一方、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は先週の国政監査で、「咸鏡北道で発生した洪水の場合、ダムの水位を高くした状態で突然の豪雨に見舞われ、急に水門を開けたことで発生した事実上の人災だった」などと明かした。

災害や事故の被害が人災により拡大する現象は、北朝鮮では今回に限ったことではない。

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しかしさすがに、今回は規模が違う。当局が復旧に手間取れば、体制不安につながっていく可能性が高い。実際、被災地ではすでに、庶民が権力に反抗する場面が見られるようになっているとも聞く。

北朝鮮当局はかつて、食糧難に苦しむ中で当局批判の声を上げた労働者たちを、戦車でひき殺したことがある。そのような歴史を知っていながら庶民が声を上げるのだから、鬱積した不満の強さは半端ではなかろう。

「思考の自由」を恐怖で…

だからと言って、ここから一気に北朝鮮社会が変革へ向かうとは筆者も考えてはいない。ただ、今回の災害がきっかけになり、何らかの変化が起きる可能性はあると思っている。

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北朝鮮で「苦難の行軍」と呼ばれる1990年代後半の大飢饉が、まさにそうだった。あの時、食糧の配給システムを維持することのできなかった当局は、仕方なく、国民に「自立」するよう促した。闇市場を最初は黙認、そして追認し、社会主義制度の下で禁じられていた「商売」を、解禁せざるを得なくなったのだ。

ビジネスの面白さを知った北朝鮮国民は、少しずつ私有財産を蓄積して消費を楽しむようになり、密輸された海外ドラマのDVDを見ながら、ファッションにも気を使い始めた。

そのように「思考の自由」を広げた国民を、金正恩体制は恐怖政治で再び抑えつけようとしている。

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しかしその試みは、決して上手く行かないだろう。庶民は表向き、権力を畏怖するふりをしながら、心の中では笑い飛ばしているからだ。

今回の災害においても、北朝鮮は国家の力だけでは復旧を成し遂げられず、商売で蓄財した「トンジュ(金主)」と呼ばれる新興富裕層の活力に頼ることになるのではないだろうか。そうなれば、民間の金持ちであるトンジュたちは、協力の対価として様々な利権を当局から分配され、さらに金持ちになる。

そして、かれらのカネは新たな利権を得るためのワイロに化け、権力を骨抜きにしていくのだ。

そんな現象がどんどん進み、金正恩氏自身がそうしたカネなしにはやっていけなくなった時、たとえ外からは体制が存続しているように見えても、内実はまったく変質してしまっている――そのようなことが起きるのは、まったくあり得ない話ではないのである。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記