「私の故郷に人道支援をしないで欲しい」ある脱北者の血のにじむ手記

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現在、韓国に住む脱北者のキム・ジフン氏(仮名=男性・30代)が最近、デイリーNKジャパンに手記を寄せてくれた。キム氏は、未曾有の水害に見舞われた北朝鮮北部・咸鏡北道(ハムギョンブクト)の出身である。

軍隊の略奪方法

水害では一説に数千人とも言われる死者・行方不明者が発生し、中朝国境の川には「大量の死体が浮かんだ」(中朝国境の情報筋)との話も聞く。

現地では、いまも数万人の人々が住む家もないままさまよっている。そんな人々を、キム氏はもちろん案じている。しかし、彼が手記を寄せたのは、私たちに同情を請うためではなく、次のように訴えたかったからだ。

「従来のようなやり方なら、国際社会は北朝鮮に人道支援を行うべきではない」

北朝鮮の元官僚であるキム氏は、過去の国際支援がどのようにして軍隊に奪われ、さらには横流しが繰り返されたかを、自らの体験をもって告発している。

繰り返される大量死

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言うまでもなく、故郷の人々を案じつつ筆をとった、涙と血のにじむ告発である。被災者の手に渡っているかどうかも監視できない状況で、ただ物資だけを北朝鮮に運び込めば、金正恩党委員長の「成果」として宣伝され、体制の延命に利用されかねない――というのが、彼の言わんとするところだ。

今回の水害は、金正恩体制の「人災」により人命被害が拡大したことが、徐々にわかってきている。そして同様の出来事は、過去に何度も繰り返されてきた。

(参考記事:北朝鮮、橋崩壊で「500人死亡」現場の地獄絵図

結局のところ、あの無能かつ冷酷な体制に終止符を打てなければ、今後も同じ悲劇が続くかもしれない。そんな思いがキム氏を突き動かしていることは、十分に理解できる。

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それでも、北朝鮮の水害に対して敢えて支援を行うべきであるというのが、筆者の意見だ。たとえ金正恩体制に利用されることがあっても、北朝鮮の人々に、国際社会が「あなたたちを忘れていない」と伝え、希望を与える必要があると思うからだ。そうしてこそ、彼らは正義の存在を信じ、いずれ行動を起こすことができるのではないか。

キム氏と筆者とどちらの意見が正しいかは、即断の難しいところだろう。実際のところ、現在はこの辺りが、金正恩体制との対決の最前線になっていると言えるかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記