60もの村々を「濁流」に沈めた金正恩体制…死者数千人か

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北朝鮮は、8月末に上陸した台風10号(ライオンロック)によって発生した深刻な水害被害を「解放後初の大災難(建国以来の災害)」と公式にアナウンスした。しかし、その裏で被害規模を隠蔽している疑いが出てきた。どうやら、犯罪的な人災を隠そうとしているようだ。

「兵士も大量に死んだ」

北朝鮮当局には、大事故や災害が起こった際、国の体面を守るため、そして安全対策の不備を国内外から非難されないよう被害規模を隠蔽する悪弊がある。過去にも、橋梁の建設現場で500人が一度に死亡する地獄絵図のような大惨事が起きたにもかかわらず、事故の詳細は一切明らかにされなかった。

(参考記事:北朝鮮、橋崩壊で「500人死亡」現場の地獄絵図

今回の水害について、国連の平壌常駐調整官室は先月14日、死者は138人、行方不明者は400人、被災者は14万人に上るとの発表を行った。朝鮮中央通信は先月6日、「死者60人、行方不明者25人」と報じながら、14日には「死者と行方不明者は数百人に達した」と具体的な数字の言及を避けるようになる。

被害規模を曖昧にする裏には、国連を通じて海外向けに発表した数字が「意図的に低く見積もられているから」と平壌在住のデイリーNK内部情報筋は指摘する。

高位の官僚にもつながるこの情報筋によれば、「国連が発表した犠牲者の数は民間人のものだけだ。駐屯している兵士やその家族、他の地方からやってきた臨時労働者は含まれていない」という。

高さ15メートルの鉄砲水

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当局は調査を通じて、被害状況の全容をある程度把握しているようだが、犠牲者全体の数については箝口令を敷いている。その理由は、中央の“ある指示”が被害拡大を招いたからだ。

「中央の指示で、西頭水発電所に流す水を貯めている両江道(リャンガンド)大紅湍(テホンダン)郡の円峰(ウォンボン)貯水池と、咸鏡北道茂山郡を流れる城川水(ソンチョンス)の上流にある馬養(マヤン)貯水池の水門を開いたのだ」(情報筋)

円峰貯水池は面積が12平方キロ、堤高が70〜80メートルに達する大きなダムだ。貯まった水が一気に流れ出すとどんな結果を生み出すかは火を見るより明らかだ。しかし、当局は発電設備の崩壊を避けるため、予告もせずに放流を決定。その結果、村が次々に濁流に飲み込まれた。その生々しい実態を情報筋は伝える。

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「予告もなく高さ15メートルの水が急に押し寄せてきた。茂山(ムサン)、会寧(フェリョン)、穏城(オンソン)など流域の町が次々に濁流に飲まれた。60あまりの村が跡形もなく消え去り、国境警備隊の哨所(監視塔)、兵舎、軍官(将校)用の住宅もあらかた押し流された」(情報筋)

放流すれば、間違いなく被害は拡大するが、当局は人命より既存設備を守ることを優先した。本欄で、今回の水害における被害拡大は「人災の側面が大きい」と述べていたが、まさにその通りのようだ。

軍や民間の被害も大きく、全体の犠牲者数は数千人に達すると情報筋は見ている。しかし、当局は国内世論の動向を気にして、被害状況の隠蔽を図ろうとしているのだ。

繰り返される「阿鼻叫喚」

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「住宅の損壊や山崩れなど目に見える被害は、外国からの援助を引き出すために誇張する。しかし、人的な被害は、通告なしのダム放流や、水害対策が皆無だったことが問題視されないよう、隠蔽、矮小化しようとしている」

また、金正恩党委員長は、多数の犠牲者が発生しているにもかかわらず被害対策よりも核実験を優先させた。こうしたなか、人的被害が広く知れ渡れば当局に対する非難の声が高まるのは避けられない。すでに不十分な水害対策をめぐり、住民の間では反発が生じている。

今後も、韓国や米国のラジオ放送などを通じて、北朝鮮当局の人命軽視の姿勢、そして水害被害拡大が「人災」でであることが、北朝鮮の民衆に広まるのは時間の問題だろう。自然災害以外でも、北朝鮮では阿鼻叫喚の人災が繰り返されている。それを止めるためにも、国際社会は可能な限り内部の被害状況を知り、そして不十分な安全対策を指摘し是正させるよう動くべきだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記