金正恩体制を支える「処刑部隊」――その悲しき内幕

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国家安全保衛部(以下、保衛部)――北朝鮮では泣く子も黙る「秘密警察」である。トップの金元弘(キム・ウォノン)氏は金正恩党委員長の最側近のひとりとして、権勢をふるっている。

保衛部の名が象徴するのは、問答無用の「暴力」である。

公開処刑を仕切る

たとえば、海外に派遣されている北朝鮮労働者の人権が著しく侵害されていることは、広く世の知るところとなっている。そこにも、保衛部の影がある。現地で警察権を行使できない彼らは、逃亡を図るなどした労働者たちを統制するのに、問答無用の「私刑(リンチ)」を有力な手段して行使しているのだ。

また、保衛部が担う主な「仕事」として、公開処刑と政治犯収容所の運営がある。これらがどれほど恐ろしいものであるかは、国連などの調査に応じた脱北者らの証言で浮き彫りにされている。

「容疑者」の反撃

金正恩体制の独裁権力の源泉は恐怖政治であり、恐怖政治を支えるのが保衛部の役割である。そのため、保衛部は巨大で揺るぎない組織と思われがちだが、必ずしもそうとは言えないことが、最近のいくつかの出来事を通じてわかってきた。

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この4月、中国の北朝鮮レストランの女性従業員ら13人が集団脱北した事件を巡り、北朝鮮当局が責任者6人を公開処刑したとの情報については、7月29日付の本欄でも伝えた。情報の裏付けは取れていないものの、その6人の中には、現地に監視役として派遣されていた保衛部員らも含まれていたという。

また、集団脱北事件を巡っては、もともとエリートである従業員の家族らが「あんたらがちゃんと見張っていないからだ!」と保衛部に抗議。幹部たちがタジタジになっているとも伝えられる。

恐怖政治の根幹を担う組織だけに、そのシステムがほころんだとき、真っ先に「人身御供」を求められるわけだ。

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そしてだからこそ、保衛部の振る舞いがいっそう過激化しているとも考えられる。

そもそも保衛部の内幕については、詳細に伝えられることがほとんどない。若者たちが外国の文化に触れただけで捕まえて行き、残忍な取り調べを行う保衛部だが、実はそうした任務は、彼らにとって必ずしも優先度の高いものではないという。

保衛部にとって優先度が高いのは、まず北朝鮮首脳部を狙ったテロ行為の摘発であり、次が宗教活動の取り締まり。そこに、スパイ事件の捜査などが続く。そして、そうした事件の容疑者たちは信念のために行動していることが多いために、捜査の過程で反撃され、保衛部から殉職者が出ることも少なくないというのだ。

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彼らがそこまで体を張るのは、ほかでもない、自らの生存のためだろう。北朝鮮の人々は生き残るために、何らかの「道」を、自らの判断で選択せねばならない。残忍さで知られる保衛部員たちもまた、そのような選択を迫られた北朝鮮国民の一部であるということだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記