北朝鮮の「中間管理職」を悩ます銃殺の恐怖と脱北の誘惑

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北朝鮮で進められている「200日戦闘」に、各企業所(日本でいうところの会社)の中間管理職、いわば中間幹部たちが苦しめられている。なかには、「もう脱北するしかないかも」と思い詰める中間幹部もいると米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えた。一体、どういうことか。

バツイチ男性を待つ「餓死の恐怖」

北朝鮮では、5月の朝鮮労働党第7回大会前に「70日戦闘」という大増産運動が展開された。どんな形であろうと党大会で何らかの成果を示すためだ。そして、70日戦闘が終わったのもつかの間、今度は「200日戦闘」が提唱され、やはり大増産運動を繰り広げはじめた。

ただし、スローガンだけで、具体的な目標も提示されず、原材料の供給も保証しないまま。そもそも、増産しようにも、まともに稼働する工場は限られている。しかし、当局から各工場の中間幹部へは「成果を出せ」と命じ、上層部は、「ともかく生産を増やせ」と煽り立てる、すなわち精神論に基づいた大増産運動に過ぎない。

工場は稼働せず、仮に稼働しても、もらえる薄給では最低限の生活もままならなず、従業員は市場に出て商売にいそしむ。稼ぎがなければ、女房に三行半を突きつけられるからだ。女房に見放された生活力も稼ぎもないバツイチ男性を待つのは「餓死の恐怖」あるのみ。

そして、従業員がいなければ、わずかながらの稼働もさらに低下し、成果を出せない──北朝鮮の各工場は、こんな悪循環に陥っている。

金正恩式恐怖政治の犠牲者

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平安北道の情報筋によると、新義州市を代表する大工場、楽元機械連合企業所ですらも、稼働率は3割にも満たない。いや、稼働しているだけまだマシだ。韓国労総の報告書によると、2008年現在、北朝鮮全土の工場の70~80%は全く稼働していない。それでも成果を要求される。

だからと言って、中間幹部たちが「成果はありません」との報告を上げるわけにはいかない。総和(総括)で責め立てられ、クビになり、山奥の農場や炭鉱に飛ばされてしまうからだ。ヘタをすれば収容所送り、さらなる最悪な結末を招くこともある。

昨年、スッポン養殖工場の支配人が処刑される事件が起きた。工場に電力が供給されなかったことが招いた不祥事の責任を取らされるという、あまりにも無慈悲で理不尽な処刑理由だった。それでも、金正恩党委員長は、処刑する直前の動画を公開。金正恩式恐怖政治の怖さをイヤと言うほど国民に見せつけた。

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ある工場の中間幹部は、とりあえず仕事をしているふりをしようと考え、残った従業員に工場の敷地にある畑で農作業をさせることにしたが、2日もあれば終わってしまう。他にも何か仕事はないかと考えているが、何もない。

労働新聞や朝鮮中央テレビは、全国各地から増産のニュースを伝えているが、見たところで参考にならず、イライラがつのるばかりだ。こんな状況から抜けだそうにも、退職する自由すら与えられていない。精神的に追い詰められ、「もはや脱北しかない」と思う中間幹部が増えているのだ。

一方、こうした北朝鮮を早々に見限る人たちがいる。現実的な思考を持ちはじめた女性たちだ。北朝鮮の女性たちは、男性本位の社会で、著しい不利益を被っている。さらに、成果第一主義で、経済的にも苦しい思いばかりをさせられることに辟易としている。そこで、リスクはあれど、新天地を求めて脱北という道を選ぶのだ。

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金正恩式恐怖政治と「ウリ(我々)式社会主義」に縛られた男性陣が、脱北を選んだ女性たちをうらやましがっていても決しておかしくはないのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記