兵役逃れや売春が横行…北朝鮮軍の「弱体化」が止まらない

北朝鮮北部のある都市で5月、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の徴兵を巡る不正が発覚し、物議を醸した。デイリーNKジャパンの取材協力者によれば、概要はこうだ。

徴兵対象者である8人の高校生の親たちが、兵役が免除されるよう軍の担当者にワイロを渡し、「重病のため兵役に不適」との報告書を書かせた。しかし、それを知った同級生の親たちが軍上層部に直訴。調査の結果、贈収賄が露見してしまった――。

「生存本能」からの犯罪

韓国をはじめ、徴兵制を実施している国ではこういう出来事は珍しくない。しかし北朝鮮の場合、深刻さの次元が違う。

北朝鮮は、故金正日総書記の時代から、「軍事をすべての事業に優先させる」という「先軍政治」を掲げている。ところが、軍隊の実情は惨憺たるものだ。満足な食事や居住環境が与えられないため栄養失調がまん延。生命に危機が及ぶことも珍しくない。

また、兵士の大半は銃の扱い方も教えられないまま、ダムや発電所建設にタダで動員できる労働力として使い倒される。金正恩党委員長はどうやら、核や弾道ミサイルなどに関わる一部のエリート部隊にしか関心がないようだ。

そんな実情は国民に広く知れ渡っており、親たちは徴兵年齢の子どもを守るのに必死だ。ワイロを使って比較的状態のマシな部隊に所属させ、あるいは仕送りを毎月欠かさないなど、なんとか無事に軍隊生活を終えられるように手を尽くしているのだ。

とはいえ、そんなことが可能なのは一部の富裕層に過ぎない。親の財力に守ってもらえない幼い兵士たちがどうなるかと言えば、栄養失調に倒れるか、さもなくば「生存本能」に従って犯罪に走るしかなくなるのだ。

上官の性的暴力も

中国との国境に接する両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、今月初めにも道内の豊山(プンサン)郡で、第12軍団隷下の43旅団に所属する兵士3人が凶器を持って民家に押し入ったという。また、脱走した兵士らが中国へ逃れ、現地で強盗を働く事件も後を絶たない。

女性兵士らの状況はさらに深刻だ。準軍事組織である労農赤衛軍では、女性部隊が組織的に売春を行っていたことが発覚し、若い女性から年配男性に総入れ替えになる出来事があった。

それも食べていくためには仕方なかったのかもしれないが、苦しさに耐えて真面目に兵役を務めあげようとしても、邪(よこしま)な男性上官の性的暴力の被害に遭ってしまう。

こんな軍隊に、親たちが子供を送ろうと思うはずがないのだ。

冒頭の贈収賄の事例からは、軍隊に行った後に便宜を図るのではなく、軍隊自体に行かせないという風潮が強まっている点を読み取ることができる。

いみじくも同じ5月、36年ぶりに開催された朝鮮労働党第六次党大会における事業報告の演説で、金正恩党委員長は先軍政治を「勝利の宝剣」と称し、父・金正日と祖父・金日成からの伝統と位置付けた。軍隊の実情からかけ離れた評価と言わざるを得ないだろう。

収賄の罪で免職された軍人も謹厳で知られた人物で、生活苦に耐え切れず今回、はじめて賄賂に手を染めたというから皮肉なものだ。彼もまた体制の被害者なのである。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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