安倍首相は「虐殺国家」にカネを払えるのか

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安倍晋三首相は、19日に開かれた政府・与野党拉致問題対策機関連絡協議会の席上、「北朝鮮に圧力をかける。同時に、対話の窓口を閉ざすことなく解決に向けて全力を尽くす」と発言。また、日本人拉致被害者の再調査に関するストックホルム合意について「破棄する考えはない」と強調した。

日本政府が拉致問題の解決のために、あらゆる手を尽くすべきだというのは、筆者の考えもまったく同じである。

ただ、現在の情勢の中で日本側がストックホルム合意の維持を強調することには違和感を覚える。

日本が暴いた「暴虐」

なぜか。2014年5月の日朝政府間協議で結ばれたこの合意には、日本側の義務として、次のように定めているからだ。

「北朝鮮側と共に,日朝平壌宣言に則って,不幸な過去を清算し,懸案事項を解決し,国交正常化を実現する意思を改めて明らかにし,日朝間の信頼を醸成し関係改善を目指すため,誠実に臨むこととした」

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これにはもちろん、日本人拉致問題が解決ないしは大きな進展を見たならば、という前提条件が付く。だが実際のところ、たとえ拉致問題が解決したとしても、日本政府は金正恩体制と国交を正常化したり、それとパッケージとなる大規模な経済支援を行ったりできるはずがないのだ。

なぜか。それは今や、北朝鮮に清算させるべき問題は、核・ミサイル開発と日本人拉致だけではないからだ。それらと同じくらい、人権問題の重要度が増してきているのである。そして、政治犯収容所や公開処刑など北朝鮮の凄惨な人権侵害を国連で告発し、国際的なイシューとしてきたのは他ならぬ日本政府だ。

(参考記事:赤ん坊は犬のエサに投げ込まれた…北朝鮮「政治犯収容所」の実態

そして、そうした経緯を知りつつ厳しく認識すべきなのは、金正恩氏が核やミサイルを放棄することはあり得ても、人権問題を進んで清算するなど考えられないという現実だ。

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知ってのとおり、金正恩氏の権力を最も強く担保しているのは「恐怖政治」であり、その有力な手段が政治犯収容所と公開処刑だ。それらの凄惨な実態は、国連における日本政府の努力もあって、世界に広く知られることとなった。

しかしそれだけに、北朝鮮の人権問題が改善されない中で、日本が国交正常化や経済支援に向け「独走」することは、過去に比べてずっと難しくなった。

もちろん、日本政府が最優先すべきは日本国民の生命であろう。筆者はその点を決して否定しない。率直に言ってしまえば、北朝鮮との「裏取引」だって状況次第では許されると思っている。

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懸念しているのは、従来の見解を繰り返す日本政府の姿勢に、「努力しているふり」でお茶をにごしているだけのような気がすることだ。

小泉純一郎元首相が2度にわたり訪朝した金正日時代と比べ、北朝鮮情勢は大きく変化している。安倍首相はその変化を踏まえ、新たなビジョンを示すべきではないか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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