北朝鮮、党大会が語る敗北の歴史

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

北朝鮮の労働新聞は16日、韓国の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領が55年前(1961年)の同日に、起こした「5・16軍事クーデター」を非難する論評を掲載した。

論評では、「(韓国の)民主化の機運をファッショの軍靴で容赦なく抹殺して『政権』を強奪した」と指摘。確かに、朴正煕氏はクーデター後、軍事独裁体制を敷き、国民の民主化要求を抑圧した。その過程で、民主化陣営に対しては数々の人権弾圧が行われた。

北朝鮮、体制間競争に敗北

北朝鮮は論評で「朴正煕の血なまぐさい軍事独裁統治は南朝鮮をファッショの乱舞場、人権と民主の廃虚に転落させた」と主張しているが、あながち的外れではない。

今では想像もできないが、当時の韓国は軍事独裁国家という負のイメージが定着していた。逆に北朝鮮は「貧しいながらも、自主・独立の道を歩む国家」として評価されており、今の南北のイメージとは真逆だったのだ。それは、北朝鮮を賞賛した産経新聞の当時の記事からも伝わってくる。

朴正煕氏は、1965年の日韓基本条約で得た8億ドルの経済協力金のほとんどをインフラ整備や企業への投資に活用し、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を遂げた。日韓条約については、「屈辱条約」という批判があるが、韓国経済の礎を築いたことは間違いない。そして、朴正煕氏は、ライバル関係にあった金日成氏との体制間競争の勝利を決定的にした。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

朴正煕氏の開発独裁政治を全肯定するつもりは毛頭ない。ただし、国家の指導者が、まずなすべきことは「民を飢えさせない」「国家の発展」だ。この点から朴正煕氏と金日成氏という二人の為政者を対比した時、朴氏に軍配が上がるのは否定しようがない。

実現しなかった金日成の遺言

金日成氏は、死去する前年、1993年の「新年の辞」で「すべての人が白い米の飯を食べ肉のスープを飲み、絹の衣服を着、瓦葺きの屋根の家に住むというわが人民の願望を実現することは社会主義の重要な目標である」と訴えた。

これは逆に言えば、当時の北朝鮮国民が白い米を食べられていなかった、つまり貧困から脱却できなかったことを金日成氏が認めたことを意味する。実際、2010年1月に金正日氏は、「(金日成の)遺言を貫徹できずにいる」と話したと労働新聞は報じた。その正日氏は、「2012年に強盛大国の門を開く」と主張したが、スローガンはいつの間にか立ち消えた。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

金正恩氏は、先代二人が解決できなかった「経済難」という負の遺産を最初から背負って指導者となった。それだけに、今回の党大会で、「経済難解決に向けて、新しい経済方針を訴えるのでは?」という内外からの希望的観測もあったが、金正恩氏が自らの口で語った「事業総括報告」を読む限り、悲観的にならざるをえない。

金正恩氏は、事業総括報告で、2016年から2020年まで「国家経済発展5カ年戦略」を徹底的に実行するべきと主張した。具体的ではない「戦略」という曖昧な言葉に、経済面における自信のなさが見え隠れする。「●●計画」のように、具体的な数字を提示して、もしそれが達成できなかった場合、いくら独裁国家といえども、体制不安の火種となる。また、正恩氏の大きな汚点になりかねない事情もあり、巧妙にごまかした感が拭えない。

北朝鮮国民が、口では言わないものの、内心では待望している「改革」と「開放」は明確に否定。「人民経済の向上」をアピールしているが、自力更生を焼き直した「自強力」という言葉を基に、曖昧な「国家経済発展5カ年戦略」を遂行するための理念や心構えを説くばかり。自信たっぷりに「核保有国である」と主張しているのとは、実に対照的だ。また、「苦難の行軍」と言われる90年代の大量餓死についても、外部に要因を求めるばかりで、ついに失政を認めなかった。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

党大会の内容を踏まえたうえで、北朝鮮の朴正煕氏批判の論評を読むと負け犬の遠吠えにしか読み取れない。

もちろん、今の韓国が、決して経済的に安定しているわけではない。また真の民主国家とも言えない。しかし、北朝鮮のように失政による大量餓死は発生しておらず、政権に対して人々が抗議することもできる。一方、北朝鮮で少しでも体制に異を唱えれば、見せしめのように虐殺されることを覚悟しなければならない。

朴正煕体制が「血なまぐさい軍事独裁統治」だとするなら、金正恩体制は「血なまぐさい先軍政治統治」と言い表すのがふさわしい。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記