先日、大阪・読売テレビの討論番組「そこまで言って委員会NP」で、金正日(キム・ジョンイル)総書記の元専属料理人、藤本健二氏(仮名)と同席した。収録後の立ち話で、藤本氏は金正恩氏から聞いた話を基に、「北朝鮮は核とミサイルを放棄するはずがない」と断言した。
筆者も、藤本氏の見立てと同意見で、金正恩氏は、今回の党大会を通じて「北朝鮮は核保有国」であることを強調すると予想していた。大会2日目の7日に、金正恩氏が行った事業総括報告を読む限り、その見立てはおおよそ当たっていたようだ。
しかし、多くの大手メディアは「金正恩氏がはじめて非核化について言及」とタイトルに打つ。確かに、金正恩氏は「非核化」について言及したが、問題は、その意図である。
「核武力を質量的にさらに強化していく」
金正恩氏が報告した事業総括は、朝鮮中央通信を通じて、全文が朝鮮語(韓国語)で配信されている。膨大な量だが、少なくともそのうちの核開発に関する箇所をしっかりと読見込めば「非核化」という言葉が、いかに自分勝手な主張かということがわかる。
まずは、正恩氏の核に関するいくつかの発言を引用しよう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面我が共和国が尊厳高い自主の大国、核大国の地位に堂々と立っただけに、それに合わせて対外関係を発展させていかなければなりません。
核抑止力を中枢とする自衛的軍事力を用意して、米国の戦争挑発策動をことごとく粉砕してしまうことで、朝鮮半島と世界の平和と安全を頼もしく守護しました。
核抑止力に基づいて根源的に終息させ、地域と世界の平和を守るための闘争を力強く展開していきます。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面経済建設と核武力建設を並進させるという戦略的路線を恒久的にとらえて自衛的な核武力を質量的にさらに強化していきます。
(参考サイト:朝鮮中央通信)
金正恩氏は、こうした主張を述べたうえで、「責任ある核保有国として不拡散の義務を忠実に履行し、世界の非核化に努力する」と訴えているのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面つまり、非核化とは、あくまでも「世界の非核化」であって、北朝鮮の非核化ではない。言い換えれば、「我が国が核を保有するのは正当な権利であり、今や核保有国である。米国をはじめ、世界は北朝鮮を核保有国であることを認めよ。そして、今後は、他の核保有国と同じ立場で、非核化について論じる権利がある」と、アピールしているに過ぎない。
こうした真意をしっかりと伝えず、言葉面のみを追っていると、北朝鮮の核とミサイル戦略を根本的に見誤ってしまうのではないかと危惧する。
事実、金正恩氏の今年の新年の辞について、ほとんどの大手メディアは読み違え、「南北対話の意思を示した」「今年は核について、直接言及しなかった」と報じた。しかし、その後、北朝鮮は例年以上に米韓に牙をむき、南北関係は対話どころか破綻状態である。核に関してもその5日後に核実験を強行し、今もなお核実験の兆候を見せている。
金日成主席は、1991年から1994年にかけて「わが国には核兵器を作る意思も能力もない」と主張していた。しかし、正恩氏は日成氏の「非核化の意思」を、今回の党大会であっさり覆してしまった。
なぜ、こういうことができるのか。北朝鮮が民主国家ではないからだ。独裁者ゆえに、世論を気にせず、核・ミサイル開発を好き勝手に進められるからだ。
非核化という言葉に惑わされ、北朝鮮の核戦略を過小評価していたら、いつまで経っても金正恩氏の核の暴走を止めることは不可能だ。そして、核の暴走の裏では一般庶民が、多大な負担を強いられていることを忘れてはならない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。