北朝鮮で、史上初となる銀行を襲う窃盗事件が発生し、多額の現金が盗まれた模様だ。内通者の存在や、組織犯罪であった可能性も囁かれている。強力な統制国家である北朝鮮にも、犯罪はもちろん存在する。また、覚せい剤や売春などの犯罪では組織化の実態も指摘されてきた。
だが、薬物犯罪などが一般国民を対象としているのに対し、銀行強盗は権力の庇護を受ける金融機関をターゲットとしたものだ。それだけに、こうした犯罪が増加していくなら、金正恩体制の不安定化を示唆するものと見ることができる。
妻子まで惨殺
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えたところでは、銀行が襲われる事件が発生したのは咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)市の新岩(シナム)区域。4月4日の夜、何者かが朝鮮中央銀行新岩支店内に入り込み、多額の現金を持ち去ったという。
RFAの内部情報筋は現場の状況について「支店には夜間警備員が配置されているが、持ち場を離れたところを狙われたようだ。犯人らは出入り口を壊して侵入した。噂では、盗まれたおカネの額は7000万ウォン(約92万円)だと言われているが、もっとずっと多いという説もある」と話した。
情報筋によると、同支店はもともと、貿易決済を主な業務にしていた。しかし最近、銀行がカードによる銀行間送金システムを導入し、地域の一般金融機関に衣替え。瞬時に送金が完了し、手数料も低く設定されている新システムは広く好評を呼んでおり、顧客の利用が増えていた。そのため扱う現金の量も増えており、犯人らはまさにそこを狙ったわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面従来、北朝鮮国民は銀行を信用せず、現金は自宅などに隠しておくことが多かった。しかし、「草の根資本主義」の広がりとともに現金の貯えが増え、強盗に襲われるリスクが増大。「これからは銀行の方が安全だ」と、金融機関を頼り始めた矢先の事件だった。
現地の司法機関は、多額の現金の存在を知った上の犯行、すなわち内部からの手引きを得た組織的犯行であったと見て捜査しているというが、当局の権威失墜は免れない。北朝鮮ではこれまでも、権力を悪用し横暴を重ねる保安員(警察官)に対する、妻子まで殺してしまうような凄惨な報復事件が起きてきた。銀行襲撃はそれとはまた違う類型の、反権力犯罪と言えるかもしれない。
(参考記事:妻子まで惨殺の悲劇も…北朝鮮で警察官への「報復」相次ぐ)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。