金正恩体制を礼賛するポスターを守るべく、北朝鮮の秘密警察が動き出している。
「偉大なる首領金日成同志は永遠に我々と共にいらっしゃる」
「わが党と人民の偉大なる領導者金正恩同志万歳!」
北朝鮮では、都市や農村を問わず、いたるところに上のようなスローガンや政治ポスター、いわゆる「プロパガンダポスター」が見られる。外国人観光客、とりわけ旧社会主義圏の観光客にとって、こうしたプロパガンダは、郷愁を呼び起こすらしく、北朝鮮名物の一つだ。
それも北朝鮮当局にとっては、国家方針を示しつつ、住民を洗脳し統制するための手段のひとつだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面それだけに、ぞんざいに扱うことは国家に対する反逆と見なされる可能性すらある。にもかかわらず、このポスターに対する「破損事件」が続発。そのたびに、人民保安部(警察)や国家安全保衛部(秘密警察)が捜査に乗り出すが、一向に減らない。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の両江道(リャンガンド)の内部情報筋によると、事件に業を煮やした当局が、「朝鮮労働党宣伝扇動部の名義で落書き、破損を厳罰にする」と強い警告を出した。
金正恩氏の「トイレ事情」
4月20日の夕方には、北朝鮮の町内会であり、相互監視団体でもある人民班の重要会議が開かれ、「朝鮮人民軍(北朝鮮軍)創健日(4月25日)と労働党第7回大会(5月)を成功させるために、全国が非常警備体制に突入した」という達しがあり、朝鮮労働党宣伝扇動部が作成した政治宣伝資料が住民に手渡された。資料には「政治ポスターに落書きしたり、破損したりした者は厳罰に処する」と書かれていたという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮当局は、プロパガンダポスターへの落書き、破損に対しては、これまでも取り締まりが行われてきたが、「宣伝扇動部が出した警告は、桁外れに強力なレベルだ」と情報筋は説明する。5月6日には朝鮮労働党第7回大会が予定されていることもあり、統制がより強まっているようだ。
宣伝扇動部の厳罰方針が、単なる脅しではない。両江道の別の情報筋によると、すでに処罰が下りたケースがあるという。
「白頭山観光鉄道の建設現場で働く突撃隊員(動員された建設労働者)たちが、作業用のスペースを確保するため、上部の指示を仰がず、協同農場に立てられていた労働党のスローガンの書かれた看板を撤去した」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「事件」が明るみに出るやいなや、突撃隊員の6人は労働鍛錬隊(軽犯罪者向けの刑務所)送りの処分が下される。また、監督責任を問われて、突撃隊両江道旅団の政治部長、該当工区の大隊長、政治指導員が解任される「大事件」へと発展した。
この情報筋は「たかが、ポスターごときを政治問題にするのはやりすぎだ」と憤る。
そもそもプロパガンダポスターの破損は頻繁に起きており、普段は当局もそれほど大切に扱っていないという。ビニールなどを被せていないため、雨風ですぐに剥がれ落ちてしまうのだ。ところで、剥がれ落ちたポスターはどうなるのか。
貧しい人々が持ち帰り、トイレットペーパーに使う。もちろん、プロパガンダポスターをそんな用途で使うのは御法度だ。しかし、警備事情からトイレにすら不便を強いられている金正恩第1書記だったら、そんな庶民たちの苦労も少しは理解できるのではなかろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。