やはりと言うべきか、朴槿恵政権の与党・セヌリ党が13日投開票の総選挙で惨敗したことに対し、北朝鮮の団体やメディアが「ざまあみろ」と言わんばかりの論調を展開している。昨年8月の軍事危機に際し、韓国との「チキンレース」で惨めな敗北を喫し、朴氏に大恥をかかされた金正恩氏が調子に乗りまくるであろうことは、早くから予想できていた。
一方、北朝鮮の対韓国窓口機関・祖国平和統一委員会傘下の祖国統一研究院は16日、「(韓国を)生き地獄に転落させた朴槿恵逆賊一味の希代の罪悪を告発する」として白書を発表し、朴槿恵政権下で起きたネガティブな事象を列挙した。
これも、選挙結果に合わせたものであるのは明らかで、「青年失業率は歴代最高の12.5%を記録している」「一握りもならない富裕層がすべての所得の45%を占めるなど、アジア地域で不平等が一番ひどい」「世界を驚愕させた2014年4月の『セウォル』号沈没大惨事(などが起きた)」などなどの記述が並ぶ。
韓国としては、国家経済が破たんに瀕し世界最悪の人権侵害国家の烙印を押された北朝鮮に、こんなことを言われる筋合いはなかろう。ただ、これらの事実が韓国の国論の分裂を呼び、与党惨敗につながったのは事実だ。
注意すべきは、このことが今後、対北朝鮮政策にも確実に影響してくるということだ。韓国政治の構造についてきわめて大ざっぱに言うと、朴槿恵政権の与党は右派=対北強硬派であり、今回の選挙で勝った野党の主要部分は左派=対北融和派である。もちろん、対北政策で多様な意見があるのは良いことだ。しかし問題は、韓国国内では人権を旗印として掲げてきた韓国の左派が、金正恩体制との対話を優先するあまり、北朝鮮の人権問題の深刻さを矮小化しがちだということだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これまで筆者が繰り返し指摘してきたように、金正恩氏の「核の暴走」の裏には国際社会からの人権問題の追及がある。
そしてそれは、北朝鮮における人権侵害からわれわれが目をそらしたところで、止まる性格のものではない。その本質を忘れて韓国が対北融和に走ることに反対であると、筆者はハッキリ述べておく。
金正恩氏は今後、来年末に行われる韓国の大統領選に向け、韓国社会に対する浸食と揺さぶりを強め、何らかのワナを仕掛けるかもしれない。同時に、核兵器の本格的な戦力化も急ぐだろう。流れ次第では、かなりヤバい状況になりかねないのだ。金正恩氏が国際社会との対話に応じるのは、核戦力という強迫手段を手にした後だ。われわれはそのことを、絶対に忘れてはならない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。