北朝鮮で、連続毒殺事件が発生した。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、今月1日、北朝鮮北部の清津市内の市場のリンゴ売り場の近くで、ある人が突然口から泡を吐いて死亡。同市内の別の二つの市場でも、同様の事件が発生。司法解剖の結果、毒物が入ったリンゴを食べたことが死因だということが明らかになった。
1978年の郷ひろみさんのヒット曲、「林檎殺人事件」を思い出させる出来事である。
この北朝鮮版「林檎殺人事件」の話は、あっという間に街中に広がった。北朝鮮当局は市民の動揺を抑えるため、「韓国の国家情報院の工作員が中国産のリンゴに毒を入れたので、リンゴの輸入を禁止する」と発表したが、当局の「大本営発表」をまともに信じる住民はいないという。
世界でも有数の監視国家、そして住民達は完全な統制下に置かれている北朝鮮で、こうした事件が起きるのは意外と思われるかもしれないが、殺人事件や凶悪事件はたびたび発生している。
今回の「林檎殺人事件」が起きた清津市では過去にも、女性による凶悪殺人が起きていた。麻薬取引に手を染めていた警官の妻が、取引が発覚しそうになるや証拠隠滅を図り、取引関係者の二人に「毒入りスンデ(腸詰め)」を食べさせて毒殺。まさに北朝鮮版「毒婦事件」だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面こうした凶悪事件の裏には、「女性犯罪組織」が関与していると北朝鮮の司法機関は見ているという。この「女性犯罪組織」は、麻薬、宿泊、運送、貿易、港湾業務など「ウラ事情」に精通しており、組織拡大と利益のためには殺人も厭わない。
北朝鮮で起こる詐欺事件、強盗事件などの背景には慢性的な経済難がある。北朝鮮は、90年代中頃から「苦難の行軍」といわれた大飢饉が発生し多数の餓死者を出した。それから20年近く経ち、経済は相対的に上向きになっているが、まだまだ厳しい。つい先日の北朝鮮レストラン従業員の集団脱北が物語るように、国外の情報を知る市民たちのなかには、北朝鮮に絶望を感じる庶民も少なくない。
それにもかかわらず、金正恩氏は体制維持のために、核やミサイルに大金をつぎ込み、その資金を北朝鮮国民からお金を搾り取ろうとする。殺人などの凶悪犯罪を擁護するつもりは毛頭ないが、北朝鮮で起きる犯罪をつぶさにみていくと、やはり現体制の矛盾に遠因があると言わざるをえないのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。