オバマ米大統領は1日、ワシントンで開かれた核保安サミット後に会見し、7年前にプラハ演説で提唱した「核兵器のない世界」について「多くの仕事をやり残した」と語った。しかし、そもそもオバマ氏の理想は掲げた当初から、それがいかに不可能であるかを見せつけようとする国家、北朝鮮の確信犯的な挑戦に直面していた。実は当時、北朝鮮はプラハ演説を狙い撃っていたのだ。
2009年4月、オバマ氏は、核軍縮と核の不拡散を進めることをプラハで宣言し(プラハ演説)、同年にノーベル平和賞を受賞した。本来ならオバマ氏にとって、華々しい経歴となるはずだったが、演説翌月の5月、北朝鮮は狙い澄ましたように第2次核実験を強行した。それから今に至るまで、北朝鮮核問題が解決するめどはたっていない。北朝鮮は核を放棄する姿勢を一切見せておらず、米朝間の溝は広まる一方だ。
(参考記事:徐々にわかってきた金正恩氏の「ヤバさ」の本質)さらに金正恩第一書記は、核保有国への挑戦を米国以外にも向けている。ここ最近、北朝鮮は中国への嫌悪感を露骨に表している。北朝鮮が暗に中国を批判することはこれまでにもあった。ただし、これまでは、「なぜ、中国は我が国の味方をしない」というニュアンスの批判だったが、このところは「伝統の友誼関係を捨てた裏切り者」と、非難の度合いは高まっている。
北朝鮮の主張は、中国が国連安保理の制裁決議に賛成したことに対する反発のように見えるが、実際にはそれだけではない。
既に本欄では繰り返し指摘しているが、金正恩氏は、昨年の秋頃から中国を「核とミサイル」のワナにはめようとしていたのだ。2013年に親中派の張成沢(チャン・ソンテク)氏を処刑して以来、関係改善の兆しが見られない中朝関係を表向きは修復したと見せつけながら、36年ぶりに開かれる5月の挑戦労働党第7次大会で「核保有国」を宣言。そうれなれば、中国も容認した形になる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そもそも、北朝鮮は核開発をめぐり、中国とも対立して10年が経とうとしている。2006年を最後に中断している6カ国協議は、本来は中国が主導して北朝鮮の核問題を解決することが目的だった。ところが、北朝鮮は6カ国協議の最中でも核実験を強行し、中国の顔に泥を塗る結果をもたらした。
米朝対立、中朝対立という環境下で、北朝鮮が核実験と長距離弾道ミサイルの発射実験を行えば、実効性はともかく、中国がより厳しい姿勢で臨んでくることは、金正恩氏もある程度は想定していたはず。こうした意味からも、北朝鮮が繰り返す中国批判は、単なる反発ではなく「宣戦布告」である可能性があるのだ。
では、北朝鮮、そして金正恩氏は何を狙ってそんなことをしているのか。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そこには恐らく、金正恩氏の情勢観、世界観が強く影響を及ぼしている。たとえ、北朝鮮が核や弾道ミサイルを放棄しても、「人道に対する罪」を問われ虐殺者として認定されようとしている金正恩氏が、先進民主主義国に受け入れられ得ないであろうことは、繰り返し述べてきた。
おそらく金正恩氏は、こうした行く末に絶望しており、だからこそ暴走を止められないのだ。しかし一方で、彼には「希望」もある。資本主義の限界や武装勢力「イスラム国」の台頭とテロ攻勢について、ここで多くを述べる余裕はない。一つ言えるのは、東アジア、ヨーロッパのみならず、この世界の不確実性が日増しに増大しているということだ。
さらに、そのような不確実な世界にあって、世界各国が軍事力への依存を強めているように見える。日本が集団的自衛権の行使に踏み込むのも、そのひとつの表れと言える。また、米国の大統領候補になるかもしれない人物が日韓に核武装を促している現実も、やはりそうと言える。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面もしかしたら、金正恩氏にとってはそのようなカオスとも言える未来こそが「ウェルカムな世界」なのではないか。秩序が流動化し、国際関係がいっそう「実力依存」の度を増せば、核兵器を持っていない国よりも持っている国の方が確実に強い。そして、金正恩氏が抱く核保有国の野望は、それが早期に破たんさせられないならば、既存の国際関係の秩序を確実に揺るがす。それを心待ちにするような危険思想を金正恩氏が持っている可能性は、かなり高いのではないだろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。