北朝鮮では、今年5月の朝鮮労働党第7回大会に向けた大増産運動「70日戦闘」が繰り広げられている。新聞には「目覚ましい成果」「目標を超過達成」の文字が踊っているのだが、なぜか当局は、国民的な「古着の供出キャンペーン」に血眼になっている。
一般国民はその様を見て「古着まで物乞いする有様なのに、何か成果だ、超過達成だ」と冷笑しているのだが、実はこのキャンペーンの裏にはある重大な事情があった。朝鮮人民軍が、極端な「雑巾(ぞうきん)不足」に苦しんでいるというのだ。
では、「雑巾不足」の何がそんなに問題なのか。自衛隊OBが次のように説明する。
「北朝鮮に限らず、各国の軍では雑巾、というよりも古着などを裁断したウエスが大量に使われています。用途はもちろん、兵器の手入れ。自動小銃や砲は火薬の燃えカスが砲身や機関部に溜まり易く、泥水をはね飛ばしながら走行する戦車や装甲車の汚れもひどい。頻繁に掃除をしなければ正常に動かなくなり、作戦行動に重大な影響が出てしまうんです」
もちろん、日米韓のような工業国で軍がウエス不足に泣く、という事態は考えにくく、これはやはり、経済難が慢性化した北朝鮮の「弱点」と言えるものだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そもそも、朝鮮人民軍を取り巻く環境は劣悪で、末端兵士の間では物資の取り合いなどで殺傷事件も発生。空腹に耐えかねた兵士の中には、中国側に越境して強盗殺人を働くケースも多い。
ちなみに、北朝鮮国内で急速に広がる「草の根資本主義」においては、ヴィンテージ・デニムから下着に至るまでのアパレル製品は重要なアイテムであり、ちょっと古くなったからと言って、軍隊に供出しようという国民は多くないようだ。
(参考記事:北朝鮮に「ブラジャー」がもたらした意識変化)それでも、金正恩氏が本気で、軍の「雑巾不足」解消に動くかはわからない。彼にとっては核武装と弾道ミサイル開発こそが最優先事項だ。仮に十分な量の雑巾が揃ったところで、通常戦力では米韓連合に勝ち目がないことぐらいわかっているはずだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面だからこそ、一日も早く「核武装した独裁者」となるべく、暴走に暴走を重ねているのである。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。