核やミサイル、そして人権問題などで国際社会の圧力が高まると、緊張を煽り、国内の団結を訴えながら内部統制を図るのは北朝鮮の常套手段だ。先日の朝鮮人民軍(北朝鮮軍)最高司令部や国防委員会の声明で、勇ましい主張を展開した背景には、こうした狙いがある。
しかし、今度ばかりは、お得意の統制手段が、金正恩第一書記への「不信感」という思わぬ副作用を生み出すかもしれない。
北朝鮮国内では、既に制裁のニュースと共に、社会不安が広がっている。制裁による中朝交易の停滞は、イコール市場の停滞であり、生計に大ダメージを与えることになりかねないからだ。すでに草の根資本主義が急速に広がり、商売、すなわち「金儲け」に目覚めた多くの北朝鮮庶民にとって、「反米闘争」「革命闘争」も「核・ミサイル」も無用の長物であり、商売の邪魔以外の何者でもない。
さらに、北朝鮮経済の柱ともいえる「資源輸出」も3月1日からストップされたとデイリーNKの内部情報筋が伝えてきた。しかし、北朝鮮当局は、なんら対策を講じず、そればかりか一部の幹部は「輸出禁止はそのうち解除される」という脳天気な見方すら口にしているという。
北朝鮮は、5月に36年ぶりとなる朝鮮労働党第7回大会を控えている。金正恩氏は、父・金正日総書記でさえできなかった党大会の開催を通じて、内外に自らの権力を誇示する思惑を持っているようだが、このままでは大会を開く資金確保に頭を悩ませることになりかねない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一部の庶民からは、「資金繰りに困った北朝鮮当局が、石炭輸出ストップの穴を麻薬の密輸で埋めるのでは?」という物騒な見方すら出てきている。
北朝鮮当局は、表向きは違法薬物、とりわけ覚せい剤を厳しく取り締まっているが、庶民の間では相変わらず蔓延しており、手っ取り早い外貨稼ぎとして「覚せい剤」の密輸などに手を出してもおかしくはない。
北朝鮮当局は、制裁によって生じる内部矛盾の矛先を国際社会へ向けようとしている。しかし、北朝鮮民衆自身も矛盾の元凶が、北朝鮮独裁体制そのものにあるのではないかと薄々気づきつつある。つまり制裁が、金正恩氏への不信感、いや「反感」を招くかもしれないのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。