金正恩氏は「キノコの国」をあきらめたのか

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北朝鮮のあらゆる場所に掲げられているスローガンは、国の方針を住民に刷り込む――つまり洗脳、そして国威発揚を目的としている。

端からは珍妙に見えるが、このスローガンを剥ぎ取ろうとした米国人学生が拘束され、告白・謝罪会見を開かされるなど、北朝鮮当局からすれば、ある意味「神聖」なものだ。

そして先月17日、北朝鮮は372個の共同スローガンを発表した。南北対立が激化しているなかでの国内の締め付け、そして5月に控えている36年ぶりの朝鮮労働党第7回大会に向けての国威発揚を目的としているが、果たしてどれほどの政治的効果があるのかは疑わしい。

そもそも、300以上のスローガンも、その中身と言えば以前のスローガンの焼き直しだったり、どうでもいいことだったりする。それでも、昨年2月に342の共同スローガンが発表された時、なぜか海外メディアが大いに沸いた。

その理由は「キノコ」。スローガンの一つ、「キノコ生産を科学化、集約化、工業化して、わが国をキノコの国にしよう!」が、面白おかしく海外メディアに取り上げられたのだ。

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確かに「キノコの国にしよう」は、ナゾのスローガンだ。しかし、「もしかすると何か深い意味があるのかもしれない」と、デイリーNKジャパンで過去の北朝鮮メディアを調べたところ、2011年から2014年にかけて「キノコ」は、0から17に急増していたことがわかった。それに反して、一時期は盛んに叫ばれていた「強盛大国」というスローガンは、21から4に激減していたのだ。

その前年、金正恩第一書記はキノコ(エリンギ)工場を視察し、たいそう上機嫌だったことが労働新聞などでも報じられたことから、ある北朝鮮ウォッチャーからは、「金正恩氏はキノコマニア」という大まじめな分析も出てきた。

そして、今年の共同スローガンにも「平壌市キノコ栽培工場のような近代的なキノコ栽培基地を至る所に建設せよ!」と、キノコに関するスローガンは存在している。

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やはり、金正恩氏はキノコマニアで、北朝鮮を「キノコの国」にすることをあきらめていないのかと思いながら、さらに詳細に調べてみると、昨年2月以後、北朝鮮メディアに「キノコ」が登場したのはわずか6回ほど。前年までと比べるとその存在感は大幅に薄まっていることが判明した。

海外メディアに揶揄されたからなのか、今の北朝鮮の食糧状況の中で、キノコは役に立たないと判断したからなのかは不明だ。それとも、金正恩氏は、北朝鮮をキノコの国にすることをあきらめたのかもしれない。

ただし、キノコはあきらめたかもしれないが、相変わらず戦闘機や飛行機、そして「サカナ」に関しても相当コダワリを持っているようだ。昨年からは、水産工場などを頻繁に訪れ、サカナへのコダワリを見せている。自らのコダワリをないがしろにされたと思ったのか、スッポン工場で激怒し、支配人が処刑された「スッポン激怒事件」は記憶に新しい。

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いずれにせよ、最高指導者の趣味を反映させながら、300以上ものスローガンを考え出すのは気の遠くなるような大変な作業だ。それを押しつけられる北朝鮮の人々にとっては、読むことすら苦行以外のなにものでもないだろう。北朝鮮のためにも、こうした非生産的な国家的悪弊が、一日も早く灰燼(じん)と化すことを望む。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記