北朝鮮の朝鮮中央通信は28日、朝鮮人民軍最高司令部が韓国大統領府と米本土を攻撃対象として明示した「重大声明」を発表(23日)した後、2日間で150万人に達する党活動家や青年学生らが軍への入隊を志願したと報道。これに対し、金正恩第1書記は「大きな誇りを覚え、改めて限りない力と勇気を得ました」とする感謝文を送ったという。
同通信によれば、軍に志願した若者らは米韓との「最終決戦」で、金正恩氏を「決死擁護」する「肉弾戦士になることを決意した」というが、すべてが体制からの押し付けであることは言うまでもない。 入隊志願者の中には、卒業を間近に控えた高校生らも含まれているが、北朝鮮の高校生も今や「草の根資本主義」の中で育った現代っ子である。今ごろ、「やってらんねえ」と言って金正恩氏を無慈悲にこき下ろしているに違いないのだ。
いずれにしても、彼らは高校卒業後に10~13年にも及ぶ兵役に行かなければならないのだが、志願を強制されて困惑しているのはむしろ成人男性たちだろう。北朝鮮で、最も困窮しているのは実は軍隊なのだ。 庶民経済が市場経済化した北朝鮮では、誰もが安月給の国営企業などの職場そっちのけで副業に励み、稼いだおカネで食べ物を買って生活している。配給などまったく当てにならない。 しかし、厳しい規律で縛られる軍隊で、まさか持ち場を放り出して商売に走るわけにはいかない。下手をすれば銃殺である。そんな切羽詰まった環境の中、軍の内部では兵士同士の殺人事件も発生。軍紀は乱れきっているのだ。
そもそも、正恩氏は軍人らの最大の畏敬の対象となるべき戦闘指揮官を相次いで葬っており、それにはさすがに大きな不満がたまっていると言われる。 ハッキリ言ってしまうなら、朝鮮人民軍は正恩氏のせいで、確実に弱くなっているのだ。その現状は、150万人の若者に志願を強制したところで、変わるものではないのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。