1980年代、日本では従来とは違った価値観や感性を持つ若者たちが、「新人類」と呼ばれはじめた。中国でも、貧しい時代を知らずに価値観が異なる若者たちを「80後」(1980年代生まれ)「90後」(1990年代生まれ)と呼ぶ。いずれも上の世代からは、「今時の若者は・・・」という枕詞で、時には持ち上げられ、時には呆れられた。
一方、北朝鮮でも、2000年代頃から「市場(チャンマダン)世代」と呼ばれる「新しい世代」が、出始めている。この世代は、幼少期に1990年代中盤からはじまった「苦難の行軍」と言われる大飢饉を体験したことから、それまでの古い世代とは、まったく異なる価値観を持つようになった。
40代以上の世代は、金日成主席、金正日総書記を神のように畏怖していた。時には恐ろしく、時には慈悲深い「首領様(金日成氏)」を信じて従えば、そこそこの暮らしを営むことができた。
ところが最近では、金正恩第1書記の「恩恵」として支給される学校制服について「ダサい。人間の価値が下がる」などと、無慈悲にこき下ろす若者が現れている。
「苦難の行軍は」そうした変化を呼び起こした。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮社会を統治するシステムだった配給制度は、完全に崩壊。民衆は、市場で商売をして、自分の力で生き抜くことを強いられた。
大人達が、生き残るために死にものぐるいで動き回り、家族や隣人、知人が日常茶飯事のように餓死する状況を、幼い目で見ていたチャンマダン世代にとって、国家も指導者も頼るべき存在ではなくなった。
テレビや新聞は「偉大なる金正恩元帥様の伝説」をすり込もうとするが、チャンマダン世代は、鼻にもかけない。学校や職場の思想教育も、暗記はするが、彼らの心の中に刻み込まれるわけではない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面既に、この世を去った「偉大なる首領様(金日成氏)」や「親愛なる将軍様(金正日氏)」のありがたい話を聞かされても、チャンマダン世代にとっては、どこか遠い国の「おとぎ話」に過ぎない。
国家に対する忠誠心も抱かず、政策にも関心がないチャンマダン世代は、「花を買うカネを惜しみ、パンを買う」と揶揄される。「花」は、金日成氏の銅像に捧げるもの、つまり忠誠心の比喩。「パン」は、プライベートの比喩だ。つまり、国や指導者のことより、プライベートを優先させるのだ。
国家や指導者のことを考えるヒマがあれば、スマホ片手にデートし、外国語学習や商売に力を入れる。そして、禁制コンテンツである「韓流」を楽しむ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面最近では、韓流ドラマ、映画に加えて、バラエティ番組も楽しむ。ドラマの主人公にあこがれを抱き、その言葉やファッションを真似ようとする。驚くべきことに「韓流スターに会うために、韓国に行ってみた〜い」と思う若者すらいるのだ。
統制が利かないチャンマダン世代に対抗するため、北朝鮮当局も莫大な予算を投入してプロパガンダ用映像を制作しているが、韓流や外国映画で目の肥えた彼らには、悲しいほど効果がない。
彼らは、当局の統制をかいくぐって、USBメディアに記録されて北朝鮮に持ち込まれた違法な裏コンテンツをBluetooth(ブルートゥース)まで駆使しながら、携帯やモバイル端末を通じて拡散させていく。
そして、苦難の行軍から20年近く経った今、チャンマダン世代は、北朝鮮社会の中核を担いつつあるのだ。政治、経済、文化を徹底的に統制したい北朝鮮当局からすれば、実に厄介な世代だ。
商売や自分たちの将来を優先し、政治に関心を持たないこの世代が、直接的な反体制行動に出る可能性は極めて低いだろう。それでも、最終的に金正恩体制を倒すのは、彼らかも知れない。なぜならチャンマダン世代の価値観や新しい行動規範は、旧態依然とした北朝鮮社会を確実に変化させているからだ。
彼らの存在、そして考え方が、一つのスタンダードとなった時、本当の意味での「北朝鮮の変革」が始まるのだ
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。