これについてこの情報筋は、「(初代の)韓徳銖(ハン・ドクス)議長の死後、総連の本国に対する影響力は急速に低下し、(本国幹部らの)世代交代の過程で(つながりが)四分五裂してしまった」と分析している。

1990年代以降、北朝鮮で総連と関わりの深かった代表的人物は3人いるが、金容淳統一戦線部長が2003年10月に交通事故で負った怪我が原因で死亡、昨年12月には張成沢国防委員会副委員長が粛清された。また、許議長の今回の北朝鮮滞在中には、康寛柱(カン・グァンジュ)内閣225部部長も病死している。これで、最高幹部クラスはすべて姿を消した形になる。

一方、日本や韓国の北朝鮮ウォッチャーの一部には、「許議長が正恩氏と面会する機会を与えられなかったのは、故・金正日総書記の葬儀に駆けつけなかったことが失点となったからだ」との見方がある。

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