昨年7月、北朝鮮と中国の国境を流れる鴨緑江が大雨で増水し、氾濫を起こした。北朝鮮政府の公式発表でも死者は1500人、家を失った人は1万5000人に達した。実際の死者、被災者数はこれ以上だと見られている。
金正恩総書記は、被災者向けの住宅を早期に建設することを命じ、全国から多くの労働者がかき集められた。そのうち、行方をくらました者が複数いたことが最近になって明らかになった。他の国では単純な失踪事例だが、北朝鮮では重大な政治事件扱いとなる。平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:「死者1100人以上」北朝鮮の救難ヘリが相次ぎ墜落、全員死亡も)行方不明者発生の件は、平安北道保衛局(秘密警察)が今年2月末、上部機関の国家保衛省に提出した報告書で明らかになった。
大きくわけて2つのパターンがある。まずは、中等学院(孤児院)出身者が誰にも告げずに現場を無断離脱したというものだ。家族のいない彼らは、危険な現場で「都合の良い使い捨て労働者」として搾取される存在だ。
(関連記事:北朝鮮で孤児院教師が少女17人を性的虐待、怒る市民たち「厳罰を」)とはいえ、コチェビ(ストリート・チルドレン)として路上生活をしていた者が多いだけに、生活力もあり、厳しい労働環境や統制生活を嫌い離脱したのだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面もうひとつのパターンは、病気になって働けなくなり、一時的に実家に戻ったものの、その後に連絡が取れなくなるパターンだ。突撃隊の幹部に「治療が長引いて、現場復帰が遅れる」と連絡を入れ、行方をくらましてしまう。
双方の共通点は、組織生活に適応できず、さらなる思想教養が必要との判定を受けて突撃隊に入れられたということだ。「性根を叩き直してもらえ」といった精神論的アプローチだが、これが大失敗に終わったということだ。
国家保衛省は、彼ら10人の手配書を各地域の保衛部に伝達し、今月末までに全員の行方を把握せよとの指示を下した。どうしても見つからない場合は、公式に行方不明扱いするとのことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面10人が住んでいた各市・郡の保衛部は、「国家的損失を招いた重大事件」として、彼らの行方を追っている。単なる失踪事案が大事件扱いされるのは、脱北の可能性があるからだ。
昨年の水害の被災地の多くは、中国との国境に接する地域だ。作業中に豊かな中国を見て、出来心で脱北してしまう可能性は充分すぎるほどある。実際に昨年秋には、2人の突撃隊員が中国へ越境し、たった14時間の自由を味わった後、現地当局に拘束される出来事があった。2人は送還後の取調べで、次のように語ったという。
「対岸の中国にうっとり見とれてしまい、好奇心から川を渡ってしまった」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面もちろん、これは重罪であり、捕まればどのような目に遭わされるかわからない。
(参考記事:北朝鮮女性を追いつめる「太さ7センチ」の残虐行為)
保衛部の内部では、こんな会話が交わされているという。
「行方不明問題は政治的問題とみなすべきだ」
「逃亡にせよ、事故にせよ、不純勢力の介入にせよ、あらゆる可能性を想定して徹底した調査をすべきだ」
調査は密かに行われているが、どこかから話が漏れて噂が広がっている。話を聞いた人の多くは、「突撃隊の任務は危険で命がけだ。それなのに食べ物もろくに出ないのだから、逃げられても当然」だと、保衛部の必死さを鼻で笑っているとのことだ。