北朝鮮の首都・平壌から東に120キロ。古くから温泉として知られていた陽徳(ヤンドク)に2020年1月、ホテルとスキー場、乗馬場を併設した一大スパリゾートである「陽徳温泉文化休養地」がオープンした。泉質は、肌がスベスベするアルカリ性単純泉で、中国人観光客を多数誘致して外貨を稼ぐというのが、北朝鮮の目論見だった。
しかし、当てが大きくハズレてしまった。その直後に始まった新型コロナウイルスの世界的大流行で、外国人の入国ができなくなくなり、できたてホヤホヤの施設はガラガラ。たちまち苦境に陥った。
国家からまともな支援もなく、困窮した男女26人の従業員は禁断の商売に手を出した。平壌と陽徳を結ぶ温泉バスを使って、反社会主義・非社会主義に該当する録画物、要するに韓流ドラマや映画のコンテンツを運び、地元住民に販売していたのだ。
それがバレて公開思想闘争会議(吊し上げ)にかけられ、全員が逮捕されたのが昨年9月のことだ。あれから1年弱が経ち、状況は変わりつつある。
(参考記事:北朝鮮の女子高生が「骨と皮だけ」にされた禁断の行為)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面7月、同施設がようやく再オープンしたと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋は、陽徳温泉が今月15日から再オープンしたと伝えた。北朝鮮は今月から、コロナ対策を緩和してマスク着用義務を撤廃し、地域間の移動も認めた。再オープンはこれに伴うものということだ。
朗報には違いないが、外国人観光客の受け入れ再開はまだ先だ。だからといって、国内客もそう簡単に呼べそうにない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「国内では誰でも陽徳温泉に行ける。しかし、費用が高すぎる」(情報筋)
別の情報筋も、「カネさえあれば誰でも行ける」と述べた。
ドリンク付きの入湯料は10ドル(約1410円)。これに食事や酒をプラスすると、100ドル(約1万4100円)にもなってしまう。多くの人が食糧難に苦しむ今の北朝鮮の現実だ。小麦の収穫が始まり、市場にも出回るようになったが、値段がトウモロコシの倍もすると手を出せずにいる人々も多い中で、100ドルはとてつもない高額だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そこで陽徳温泉は、党や軍の幹部、国家功労者、戦争老兵(朝鮮戦争参戦者)を対象に、15日間の入湯と宿泊、1日3回の食事などが含まれたオールインクルーシブな無料チケットの配布を始めた。また平壌市民や国営企業の革新者(模範職員)には、15日間の入湯と宿泊、1日1回の食事が楽しめる休養券を国定価格の12ドル(約1700円)で提供している。
それ以外の人は、上述の市場価格で入場するしかない。情報筋は、正確な割合はわからないとしつつ、無料券と優待券の利用客が、全体の半分をはるかに超えるとしている。
「陽徳温泉休養地は、外貨稼ぎの目的で建設されたため、中国はじめ海外の観光客はもちろん、国内の観光客も外貨建ての料金を払わなければならず、一般住民には絵に描いた餅」(情報筋)
陽徳温泉は、オープン当初にも同様の企画を行っている。また、平壌市民は、2泊3日のツアーに半ば強制的に参加させられていた。食糧難、経済的苦境が深刻化する前の状況でも、一般市民にとってはかなりの負担だったが、今ではまったく手が出ない。
結局のところ北朝鮮は、国内で流通する商品から外貨稼ぎまで、あらゆる面で中国に頼らざるを得ないのだ。