庶民が経済難で苦しむ中、北朝鮮当局が熱を上げているのは、露天商の取り締まりだ。
本来、商売をするには市場使用料を支払い、市場の売台(ワゴン)を借りることになっているが、それを払うだけの儲けがない商人や、支払いを嫌う商人は、市場周辺の路上で露店を開いている。取り締まり班が襲来すると、風呂敷に品物を包みあっという間に逃げ去る様子から「イナゴ商人」と呼ばれている。
この市場使用料、公式には税金が存在しないことになっている北朝鮮で、当局が得られる事実上の税金だ。一銭でも多く徴収するため、当局は露天商の締め出しに躍起になっているのだ。そんな中で、悲惨な事件も起きている。詳細を、咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:「女性イナゴ商人」踏みにじる金正恩体制に北朝鮮国民が反発)事件が起きたのは、国内有数の規模を誇る清津(チョンジン)市の水南(スナム)市場の近辺だ。先月30日、多くの人が路上で露店を開き、いなり寿司に似たトゥブバプと餅を売っていたところに、水南区域安全部(警察署)の安全員(警察官)が集団でやって来た。
大慌てで逃げようとする人々。焦るあまり、売り物の餅を地面に落としてしまった人は、拾い上げながら安全員に「今回だけは見逃してくれ」と哀願するも、安全員は一切耳を貸さず、餅を足で踏みつけるなど、横暴を働いた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そこに一人の男性が現れた。自らを軍官(将校)だと名乗り、「君たちのどこが安全員なのか、わが国(北朝鮮)で本当に暮らしているのか、君たちには親もきょうだいもいないのか」と、安全員に抗議した。
すると2人の安全員が「軍人だからって何だ、なぜ業務を妨害するのか」と男性に殴る蹴るの暴行を加えた。他の安全員や糾察隊員(ボランティアの取り締まり班)まで加勢し、暴行はエスカレート。顔が血まみれになるほどに殴られた男性を見た人々が「もういいかげんにしろ」と叫び、ようやく暴行が止まったが、男性は既に事切れた後だった。
(参考記事:30対1の格闘戦で虚しく散った北朝鮮「最強工作員」の最期)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面市民の通報を受けた清津市安全部は現場に出動、安全員3人と糾察隊員に手錠をかけて連行していった。しかし、市民の反応は諦めに近いものがある。
「加害者は同じ安全部の所属だけあり、身内のケンカも同然。厳しい裁きが下ることはないだろう」(市民の声)
亡くなったのは、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第9軍団に所属するカン(37歳)という名の軍官だというが、具体的な階級などについて情報筋は言及していない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面露天商に対する取り締まりを強化せよとの当局の方針が下されて以降、安全員の振る舞いがひどくなり、食糧難そのものよりも、社会秩序維持を口実にした安全員の弾圧の方が市民の生活を脅かしていると、情報筋はそのやり方を批判した。
さて、軍と安全部の力関係は、比べ物にならないほど軍が強い。安全部は民間人の犯罪の取り締まりはできるものの、軍人の犯罪を取り締まる権限はなく、逆にそれを利用して窃盗を働く者も少なくない。
(参考記事:「食べ物をよこせ」北朝鮮軍兵士、水害被災地で民家襲撃)極めてプライドの高い朝鮮人民軍だが、格下の安全員に軍官が殺害されたとあっては、顔が丸つぶれだ。また、加害者の安全員に対する相応な処罰も望めないこともあり、軍の「お礼参り」が行われるかもしれない。安全員は、たとえ軽い処分で済まされたとしても、今後は肩をすぼめてビクビクしながらのパトロールになるだろう。
(参考記事:【北朝鮮軍での思い出】特殊部隊偵察兵、憲兵をボコボコにする(上))