金正日が死んだ日なんか関係ねぇ…北朝鮮の若者たちが大暴れ

北朝鮮の2代目の指導者、金正日総書記は2011年12月17日に死去した。その前後の1ヶ月間は哀悼期間に指定されている。

期間中には、雰囲気を乱す違法行為、歌舞音曲、集団での飲酒などが禁じられ、些細な事件でも政治犯扱いされ、重罰に処される。北朝鮮の人々はとばっちりを受けることを恐れ、この期間はおとなしくしてやり過ごそうとする。

そんな期間に、乱闘騒ぎを起こした若者たちが逮捕される事件が起きた。神聖不可侵の存在である最高指導者を悼み、静かに過ごすべき期間に、事もあろうに乱闘騒ぎを起こしたことは政治事件扱いとなり、最悪の場合、政治犯収容所送りとなる。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

事件が起きたのは金正日氏の命日を翌日に控えた16日、北東部の大都市、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)でのことだ。現地の情報筋によると、10代と20代前半の若者からなる2つのグループが、レストランで別々に食事をしていた。

何らかの理由で双方の間で些細な口論が起きた。やがて路上での乱闘騒ぎへと発展し、野次馬が集まるなどあたり一帯は騒然とした。北朝鮮にも暴力団組織や半グレ集団のようなものがあり、乱闘騒ぎもときどき起きている。

今年3月にはロシアの地方都市で北朝鮮労働者とタジキスタンの労働者が乱闘を繰り広げ、その動画がネット上で公開されたこともあった。

ひとたび乱闘が起きると、死人が出るほど非常に激しいものになるとも言われるが、今回は数十人の保安員(警察官)が現場に殺到し、全員を逮捕、連行した。その場に居合わせた道党(朝鮮労働党咸鏡北道委員会)の複数の幹部は、声を荒げて逮捕と速やかに厳罰を下すことを命じた。

その後、道党は残りの哀悼期間の雰囲気を乱さず、最後まで丁重な姿勢で臨むように指示を下した。

逮捕された若者には厳重な処分が下されると情報筋は見ている。本当に収容所送りにされたら、本人たちは悔やんでも悔やみきれないはずだ。一方、別の脱北者は、彼らに重罰が下されるだろうと見つつも、10代の若者が含まれていたことで、情状が酌量され減刑される可能性もあるとしている。

かつてなら哀悼期間に騒ぎを起こすなどは想像すらできなかったが、今回の事件は北朝鮮の今どきの若者の感覚がどのようなものであるかを、如実に示したものと言えよう。

「(金正日氏が亡くなってから)時間が経ち、市民は組織生活より商売に忙しい。哀悼行事に参加してもあまり集中して(話を)聞いていない。厳しい統制を行っても、(哀悼の)雰囲気は以前ほどではない」(この地域出身で2017年に韓国にやってきたある脱北者)

当局による「神話」作りが功を奏し、国民から畏敬の念を持たれていた金日成主席とは異なり、多くの人を餓死に追いやった金日成氏は不人気な指導者だった。金日成氏が亡くなったときは多くの人が悲しんだが、金正日氏のときはそうでもなかったようだ。亡くなっても特に悲しいと感じなかった人々に対して、それも亡くなってから7年も経っているのに「哀悼せよ」と言ったところで、身が入らないのは当然だろう。

ちなみに、金正日氏のの命日には商売が禁止されたが、家や通りで商売をする人もいたとのことだ。

    関連記事