韓国の月刊朝鮮は11月号で、北朝鮮の「109常務」の文書を単独入手したと報道。「これまで一部のメディアを通じ、北朝鮮の住民たちに(視聴が)禁止された映画や歌などの目録が公開されたことはあったが、体系的に作られた総合文書が出てきたのは今回が初めてだ」と伝えた。

国民的美少女

北朝鮮の「常務(サンム)」とは、ある特別な任務のために関係各機関が共同で編成したタスクフォースのことを言う。109常務は、韓流をはじめとする外国の映像・音楽作品や、金正恩体制に「有害」とみなされた情報の取り締まりを行っている。

デイリーNKジャパンも最近、これと同一と見られる文書を入手した。タイトルは「コンピュータに入力してはならない電子ファイル目録」というもので、2015年5月の日付が入っている。そこに列挙された映像・音楽・ソフト類は、ざっと300以上にもなる。その中には以前から禁止指定の情報が伝えられていたものもあるが、ほとんどは初めて見るものだ。

特に気になったのは、月刊朝鮮の次の指摘だ。

「金正日が生前、最も寵愛した俳優として知られる洪英姫(ホン・ヨンヒ)と関連する映画も削除・回収リストに含まれた。(中略)洪英姫の(禁止になった)関連作品は「愛の街」「銀のかんざし」などが代表的だ」

ここで言われているとおり、洪英姫は北朝鮮で知らない人のいないほどの大物女優だ。その代表作は、1955年生まれの彼女が10代の時に主演した映画「花を売る乙女」で、これまた北朝鮮の国民的作品である。当時の写真を見ると、彼女が相当な美少女であったことがわかる。

(参考記事:【写真】北朝鮮の国民的美少女・洪英姫と「花を売る乙女」

ちなみに、劇場版の「花を売る乙女」では、金正日総書記の「もうひとりの愛人」と言われるパク・エラも複数いる主演者のひとりに数えられる。

(参考記事:【写真】パク・エラ…金正日の「もうひとりの女」

この洪英姫と「花を売る乙女」の人気の絶大さを示しているのが、北朝鮮の旧1ウォン紙幣に、彼女が演じた同作品のヒロイン・コップニの姿が描かれているという事実だ。

ちなみに韓国銀行はウェブサイトで、同紙幣に描かれたのはコップニの象徴的な姿であり、洪英姫本人ではない、と解説している。最高指導者以外は偶像化が許されない北朝鮮のお国柄を考えれば、この分析は妥当だ。実際、紙幣に描かれたコップニと洪英姫が似ているかと言えば、議論の余地があるだろう。しかしそれにしても、紙幣の制作担当者が、彼女が演じたコップニの姿にまったく影響されなかったということもあり得まい。

では、それほどの大女優が出演した映画が視聴禁止になった理由は何か。

韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使は月刊朝鮮の記事を読み、自身のブログにこう書いている。

「洪英姫まで銃殺されたとしたら、金正日が映画革命の主人公として押し出した洪英姫や、歌劇革命である『花を売る乙女』の主人公として押し出した崔恵玉(チェ・ヘオク)がすでに、北朝鮮にいないということになる」

ここで太永浩氏が「銃殺」の可能性を論じているのは、北朝鮮においては政治犯となった俳優の作品が視聴禁止にされており、過去に数多くの前例があるためだ。

ただ、洪英姫が処刑されたとの具体的な情報があるかと言えば、今のところそうではなさそうだ。作品が視聴禁止になったのは、他の出演者などが原因である可能性もある。それに、彼女の代表作である「花を売る乙女」は、いまだ視聴禁止にはなっていない。もっとも、たとえ彼女が粛清されていても、金正日総書記が制作を指揮したとされる同作品が禁止指定されることも考えにくいのだが……。

謎は深まるばかりだ。

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