北朝鮮当局は今月初め、国内外の音楽や映像作品70余りを「不純宣伝物」に指定し、視聴や上映、配布を禁止したとデイリーNKの内部情報筋が伝えてきた。発禁の理由として、歌い手や演奏する楽団に何らかの問題やスキャンダルが起きたという可能性もあるが、政治的な理由も否定できない。

北朝鮮当局による発禁措置について、収容所の警備兵出身で脱北者の安明哲(アン・ミョンチョル)氏は「事実のようだ」と語った。詳細な情報については不明だと前置きしたうえで「どうやら替え歌の内容が問題になったようだ」と述べる。

当局の残酷な取り締まりにもかかわらず、韓流ドラマや海外ドラマをこっそり見続けてきた北朝鮮の庶民たちは、自分たちが置かれている理不尽な状況を、相当程度、客観的に認識している。

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北朝鮮で創作された歌や芸術作品の大部分は、思想統制の手段として用いられている。とはいえ、庶民たちが国家による思想統制にまったく従順というわけでもない。表向きは金正恩党委員長を褒め称えながらも、裏では毒を吐き、官憲の横暴にも様々な形で抵抗するという「面従腹背」が、北朝鮮の人々の真の姿なのだ。

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もちろん、大っぴらに批判したらどんな目に遭うかわからないので、間接的な表現やジョークで体制批判をするわけだが、ときにはプロパガンダソングの替え歌で体制を揶揄することもある。金正日総書記を称える代表的なプロパガンダソングの一つに「あなたがいなければ祖国もない」がある。YouTubeにはなぜかこの曲を熱唱する外国人の姿がアップされているが、日本以外でも知られている曲のようだ。

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「あなた」とは金正日氏を指し、同氏がいてこそ祖国(朝鮮民主主義人民共和国)は存在するという歌詞なのだが、1990年代の大飢饉「苦難の行軍」の時期には、国民は「あなたがいなければ祖国はある」と歌詞を替えて歌っていたという。筆者は20年前、中朝国境で北朝鮮のコチェビ(ストリートチルドレン)が、大声で「あなたがいなければ祖国はある」と歌う姿を見たことがある。その少年は、「北朝鮮でもこっそりと歌われていたさ」と教えてくれた。

金正恩時代に入ってからは、「社会主義は我々のものだ」という歌詞が、「社会主義はお前らのものだ」として金正恩体制への批判を込めて歌われている。「憎悪は敵に、愛は祖国に」を「憎悪は妻に、愛は愛人に」として、金正日氏の女性スキャンダルを皮肉ることもある。

冒頭で述べたように、北朝鮮当局は最近になって、多数の音楽・映像作品について禁止措置を取った。70余りもの作品が一度に禁止された例は、過去には聞いたことがない。このことはもしかすると、北朝鮮国内の統制のタガが、これまでになく大きく緩み始めていることを意味しているのではないだろうか。