金正恩氏が今さら「さりげなく軍重視」の裏事情

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北朝鮮国営の朝鮮中央通信は6日、金正恩党委員長が李雪主(リ・ソルチュ)夫人とともに、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)傘下の養魚場「三泉(サムチョン)ナマズ工場」を視察したと伝えた。

同通信によれば、金正恩氏は「年平均300トンほどのナマズを養殖していた工場を改築、拡張し、昨年には3001トンを養殖した。これまでの10年分を1年で養殖したことになり、軍に供給できる量も10倍になった」と満足を表したという。

先月の視察では工場や建設現場の幹部らを厳しく叱りつけ、3年前の「スッポン処刑」事件を想起させた金正恩氏だが、最近は機嫌がいいようだ。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

4日に伝えられたトロリーバスと路面電車の新型車種の視察でも、「わが人民が古びた大衆交通手段に不便を感じる一方で、通りにタクシーがますます増えるのを見るたびに心が重かったが、今や展望が明るくなった、本当に満足だ」と喜びを隠さなかったという。やはり「走り屋」として知られる金正恩氏であるだけに、交通事情については何かと気にしていたのかもしれない。

ただ、今回のナマズ養魚場での視察では、次のような気になる発言もあった。

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「敬愛する最高司令官同志は、三泉ナマズ工場を内閣や省、中央機関ではなく、党の命令指示とあらば火も水もいとわず、ひたすら決死貫徹で応えることが体質化された人民軍が担当しているので、党は非常に安心している」

先月公開された視察時に、金正恩氏の怒りを買ったのがまさに「内閣や省、中央機関」の官僚たちだったのだ。つまり今回の視察では、彼らの「怠慢」と露骨に比較する形で、軍人たちを持ち上げているのである。

父・金正日総書記の時代から、何事にも軍事が優先する「先軍政治」を行ってきた北朝鮮だが、金正恩氏は、どちらかというと冷たかった。権力の朝鮮労働党への回帰を進める一方、軍幹部に対しては容赦なく粛清の鉄槌を下した。中には、文字通り「ミンチ」にされて殺された将軍もいる。

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軍の中で、金正恩氏が重視したのは核ミサイルを担当する戦略軍と特殊部隊など一部に限られ、おかげで軍の規律も荒れ放題になってしまった。

それがここへ来て、露骨に軍隊を持ち上げている。いったい何があったのか。

おそらく、米国との対話が行き詰り気味であることが影響しているのではないかと見られる。金正恩氏はトランプ米大統領との首脳会談で、「完全な非核化」を約束した。しかしそれは、武装解除を意味するわけではない。非核化を進めながらも、国防力は保つ必要がある。

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核に代わり、どのような戦力を国防の中核に据えるつもりなのか、金正恩氏の考えはまだわからない。いずれにしても、国防力が最も不安定になるのは、非核化を進める過程だろう。途中で米国が心変わりし、襲い掛かられてはたまらない。

金正恩氏は最近の米国の姿勢を見ながら、にわかにそういったリスクが気になり始め、改めて軍人たちの「やる気」を引き出すことにしたのではないだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記