この夏の猛暑は、北朝鮮も例外ではない。1日は慈江道(チャガンド)江界の最高気温が38.9度、平安北道(ピョンアンブクト)新義州(シニジュ)が38.5度、平壌で37.8度を記録。労働新聞や朝鮮中央テレビなどのメディアは、猛暑による被害を防ぐ対策を取るよう異例の呼びかけを行った。
天をも恐れぬ金正恩党委員長といえども、この猛暑には降参気味のようだ。韓国の国家情報院は以前、金正恩氏がパーティー狂いや不摂生による健康不安を抱えていると指摘したことがある。
「首」を取られる心配
北朝鮮当局は、最高指導者の健康維持に万全を期しているものの、普通の人と同じトイレを使えないなど特殊な生活環境にある上、このところ建設現場や工場の視察を精力的に行っている金正恩氏だけに、猛暑からダメージを受ける不安はぬぐえない。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)不安なのは、金正恩氏の健康だけではない。同氏は今年9月9日の建国70周年、そして10月10日の朝鮮労働党創立73周年を飾る様々な建築プロジェクトを進めているが、猛暑のせいで完成が遅れそうだというのだ。
デイリーNKジャパンの取材に答えた平安北道(ピョンアンブクト)の内部情報筋によると、「猛暑による熱射病で、今の病院の施設では収容しきれないほど多くの人が倒れている」有様だとのことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面さすがの金正恩氏も猛暑被害の報告に焦り、午前11時から午後4時までの野外作業を中止するように指示を下した。この指示は、先月18日に朝鮮労働党の中央、各地方の組織、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の各部隊に伝えられた。
指示に基づき、20日から建設、農業部門の労働者の作業時間、兵士の日課生活時間が変更され、作業時間は午前5時から11時、午後4時から6時までの8時間となった。
建国記念日に向けて建設が進められている咸鏡北道(ハムギョンブクト)の漁郎川(オランチョン)第5発電所。北朝鮮メディアは先月、金正恩氏が現場を訪れて問題点を指摘、幹部を叱責したことを報じた。それもそのはず、現地の情報筋によると、まだ外壁の工事すら終わっていない状況だというのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「一部施設の竣工は8月30日に予定されているが、暑さで昼間は作業が全くできない状況だ」(情報筋)
8月15日まで続くと予報されている猛暑のせいで工期が遅れれば、金正恩氏から厳しいダメ出しを食らった幹部らは、クビを飛ばされかねない状況だ。いや3年前に処刑されたスッポン養殖工場の支配人のように、本当の意味で「首」を取られかねない。
そこで現場では、昼を就寝時間にあてて、暑さが幾分やわらぐ夜に作業を行う措置が取られている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面本来、漁郎や清津(チョンジン)など咸鏡北道の海岸部は、オホーツク海高気圧の影響を受け、夏でも比較的冷涼な日が続く。韓国気象庁の天気予報によると、6日から13日までの清津(チョンジン)は最低気温20〜22度、最高気温28〜29度が予想されている。平壌など他の地方と比べると涼しいが、これでも例年よりかなり高いのだ。そのせいで、夜の作業でも倒れる労働者が続出しているという。
「冷房がないため、昼間は暑くて寝られず、後方供給もまともに行われていないので、建設労働者はきちんとした食事もとれない。そんな状況で建設現場に追いやられている。そのため、涼しい夜の作業でも毎晩数百人が倒れている」(情報筋)
これは、党創立日までの完成を迫られている建設現場だけの問題ではないと情報筋は語る。わずかばかりの小銭を稼ぐために市場で商売している庶民の中にも、熱中症などで亡くなってしまう人が少なくないとのことだ。
北朝鮮では従来、金日成・正日親子の誕生日や政治的に重要な日に成果として発表するために、無理やり工期を短縮する突貫工事「速度戦」が繰り返されている。「中身はともかく、とりあえず速くできればいい」という考え方が蔓延しているのだ。そのうえ、実績作りばかり考えている幹部の「過剰忠誠」も相まり、事故が多発しているのである。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。