咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋が米政府系ラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の幹部や兵士の間で韓流ドラマや映画を見たり、流通させたりする「事件」が頻発していることを受け、当局は取り締まり組織「109グルパ(グループ)」を各部隊に派遣して、検閲(取り締まり)を行っているという。
北朝鮮で韓流コンテンツに触れることは違法で、隠れて視聴したことがバレたら重罪に問われる。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)両江道(リャンガンド)の情報筋によると、道内の国境警備隊と軍部隊では、軍官(将校)と兵士が民間人にカネを払い、その民間人宅で韓流ドラマや映画を見ることがよくあったが、取り締まりの強化でそのような商行為は姿を消した。厳しい取り締まりに、地元全体が緊張状態に置かれている。
しかし、いくら取り締まりをしようと焼け石に水だ。
中国からは、USBメモリやSDカードに保存された韓流ドラマ、映画、K-POPのソフトが次から次へと流入してくる。韓国や米国からは複数の北朝鮮向けラジオ放送が行われている。その気になれば、北朝鮮国民が韓流に接することは難しくないのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そればかりか、韓国のテレビを直接受信する人も少なくない。
軍の兵士らがこっそり韓国のテレビを見るには、いくつかの条件が揃っていなければならない。まず、電波の届きやすい海岸部でなければならない。また、取り締まりの手が届きにくい、大隊や中隊の本部から遠く離れたところでなければならない。そして、部隊に配属された人員が少なくなければならない。
韓国のテレビを見たことが発覚すれば重罪は免れない。気心の知れた仲間と共に韓国のテレビを見て「共犯関係」になることで、発覚のリスクを下げるのだ。
(参考記事:亡命した北朝鮮外交官、「ドラゴンボール」ファンの次男を待っていた「地獄」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
ここまで条件が揃っても、肝心の電気がなければテレビは見られない。そこで登場するのが自転車型発電機だ。
黄海南道(ファンヘナムド)の龍淵(リョンヨン)郡で、軍隊に勤務した経験を持つ脱北者のリさんが以前、RFAに語ったところでは、韓国のテレビを見るためには、12ボルトのソーラーパネルが必要になる。晴れの日は問題ないが、曇りや雨の日には、新入りの兵士が自転車型発電機のペダルを必死に漕いで、電気を確保するのだ。途中でテレビの電源が落ちようものなら、上官にこっぴどく叱られるという。
リさんは、脱北美女が出演する番組も見たと証言した。おそらく、かつて日本テレビ系列で放送されていた『恋のから騒ぎ』の脱北美女版とも言える『いま会いに行きます』や、『南男北女』などのバラエティ番組と思われるが、これらは韓国のケーブルテレビ放送局であるチャンネルAが放送しているものだ。つまり、北朝鮮向けの特別なチャンネルが存在することを意味している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面韓国では2012年末をもってアナログ地上波テレビの放送が終了しているが、同国政府はそれ以降も、北朝鮮に向けたアナログ波の送信を続けている。送信出力は不明だが、ソウルから300キロも離れた、平安北道(ピョンアンブクト)の博川(パクチョン)や雲山(ウンサン)の軍部隊でも、韓国のテレビを見ているとの証言があることから、非常に強力な出力で電波を送り続けているものと思われる。
しかしそもそも、北朝鮮の人々が韓流コンテンツに心を奪われるのは、それに勝る娯楽が国内にないからでもある。国民が生活を「楽しむ」ことを罪としている限り、金正恩体制が真に盤石となる日はこないのではないか。
(参考記事:【動画と日本語解説】北朝鮮「異色的な外人モデル」摘発映像)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。