「あまり美人に育たないでおくれ」
韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使が近著『3階書記室の暗号 太永浩の証言』(原題)で明かしているところによれば、北朝鮮で近年、自分の娘を眺めながら、このように願う親たちが増えているという。
これとよく似た話を、韓国紙・朝鮮日報も2014年1月26日付で次のように伝えていた。
〈平壌の女性が最近、「喜び組」と呼ばれる中央党5課に選ばれないように、わざと顔に傷を付けたり「事故」を起こしたりしているという。かつて平壌の女性は、5課(喜び組)に選抜されたら家門の栄光だと考えていたが、最近では「ブタ(金正恩朝鮮労働党第1書記・当時)や中央党の老いぼれのめかけにされるのに、どうして行くのか」と言って、意識的に避けているというわけだ。〉
「中央党5課」とは、北朝鮮最強の権力機関である朝鮮労働党組織指導部の中に置かれた部署だ。5課は中央から道・郡・市などの末端にいたるまで組織網を張り巡らせ、14~16歳の美少女を選抜し、権力者たちに仕えるタイピストや看護師、警護員に育てるシステムがある。有名な「喜び組」もまた、この中で養成される。
(参考記事:北朝鮮の「喜び組」に新証言…韓国テレビ「最高指導層の夜の奉仕は木蘭組」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
朝鮮日報によれば、その実態は次のようなものだ。
〈最近脱北した平壌出身の女性は「5課に選ばれて行ったら、10年以上も家族と会えないまま年老いた中央党幹部のめかけとして暮らし、社会に出たら後ろ指をさされるので、平壌の女性たちは手段を選ばず(選抜を)避けている」と語った。 (中略)若いうちは金氏一族のめかけとして過ごし、年を取ったら党から指定された男性と強制的に結婚させられるからだ。さらに喜び組の女性は、党から(結婚相手として)あてがわれた護衛隊員が気に入らないと言って拒否した場合、処罰されるという。〉
ここで言われている「護衛隊員」とは、金正恩氏らロイヤルファミリーを身近で警護する護衛総局の要員を指す。南北首脳会談や米朝首脳会談が行われた際、短髪で屈強な体躯の男性らが金正恩氏を取り囲んでいたのを見た読者も多いだろう。彼らがまさに、護衛総局の護衛隊員たちだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面軍人としてはエリート中のエリートである彼らは、配給などの面で徹底して優先されるが、生涯にわたり金王朝の秘密を守ることを約束させられる。それだけに、「秘密」のかたまりである「喜び組」の女性らを引き受けさせるには丁度良いと考えられているわけだ。
しかし言うまでもなく、そのような結婚は幸せなものになりにくい。朝鮮日報は続ける。
〈北朝鮮の地方党機関で喜び組の選抜に関与していたある脱北者は「中央党幹部の私生活をよく理解している護衛隊員の立場からすると、老人たちが飽きるほどもてあそんだ喜び組の女性を妻に迎えるのは気分の良くないことだったが、命令なので仕方なく結婚して暮らした」と証言した。このように否定的な見方が強いため、平壌の女性は喜び組に選ばれないように、故意に顔を傷つけたり、男性と会って「事故(性関係)」を起こしたりする。喜び組への選抜基準上、顔に傷があったり処女性に問題があったりするケースは脱落するからだ。〉
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面太永浩氏によれば、北朝鮮の庶民がこのような5課の実態に気づいたのは、2013年に金正恩氏の叔父・張成沢(チャン・ソンテク)元党行政部長が処刑され、その巻き添えで彼の愛人らが粛清されたからだという。ただ朝鮮日報の記事を読む限り、少なくとも平壌市民の間では、もっと早くから知れ渡っていたようだ。
当局がいかに「保秘」に努力しようとも、権力中枢のおぞましい内幕は、いずれ国民すべての知るところとなるのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。