南北、中朝、米中の首脳会談が矢継ぎ早に行われ、朝鮮半島に立ち込めていた暗雲は徐々に消えつつある。しかし、国際社会の制裁は未だに解除されていないため、北朝鮮国民の暮らし向きは苦しいままだ。
中でも、苦しい生活を強いられているのは、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の末端兵士、軍官(将校)やその家族たちだ。国からの配給を受け取る以外に生きるすべを持たないのに、配給が滞っていたからだ。そのため国内はおろか、中国においてまで脱走兵氏の犯罪が多発している。
おかげで北朝鮮軍の規律は地に落ちており、部隊内でも窃盗や性的虐待が横行している。金正恩党委員長が核開発に突き進んだのも、それが理由のひとつと思われる。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)しかし最近になって、軍に対する配給がようやく再開されたとの情報が伝わってきた。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、当局が2号倉庫に備蓄されていた食糧(軍糧米)を放出し、軍官(将校)の家族に配給したと伝えた。コメよりもトウモロコシがメインだったが、1年ぶりの配給となった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面配給再開の理由について情報筋は「中朝首脳会談後に中国からコメが大量に入ってくるようになった」ことを挙げた。軍官の家族に配給して目減りした食糧は、中国からの輸入で埋め合わせができるということだ。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋も、北朝鮮が中国から大量のコメを輸入し、軍部隊に配給していることを伝えている。
軍糧米は本来、有事の際の食糧として備蓄しておくものだが、歓心を買う目的での配給としても使われてきた。今回もそのケースにあたる。中国や韓国のみならず、国際社会からの食糧支援が今後行われると見込んで、大船に乗ったつもりでコメをばらまいたのだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今回の措置が全国的なものかは確認されていないが、非核化と引き換えに止まっていた食糧援助が再開されることで、全国的に広がる可能性が高いだろう。
配給再開の知らせに軍官の家族は大喜びだ。子どもを連れて各地の親戚や知人宅を訪ね歩き、食糧の無心をせざるを得なかった軍官の妻たちは、「これからさらによくなる」との期待感に満ちあふれ、こんなことを口にしていたという。
「北と南の首脳が会談を行ったおかげでコメが入ってきた、民間人より軍人家族が優先されるから、もう配給が再開される」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮の民間人は、市場での商売で現金収入を得て暮らしている。1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」に前後して国からの配給が止まり、生き残るために市場で商売し、国に頼らず自分の力で生きていくようになったのだ。そのため、国からの配給が一切なくても、一部のごく貧しい人を除けば餓死するような状況にはなっていない。
一方で、軍官とその家族は事情が異なる。
「軍官家族は都会から遠く離れた部隊のそばに住んでいるため、商売をしたくでも条件が整っていない。酒と豆腐を売るので精一杯だが生活が苦しく、夫を捨てて逃げてしまう女性もいた」(情報筋)
同じように生活に困っている人は、他にもいる。
お上の言うことを信じて配給を待ち続けた軍官家族は、今まで筆舌に尽くしがたい苦労をしてきたと、情報筋は同情を示した。だが同時に、「時代の変化を読み取れず、市場での商売に参入できないなら、社会から淘汰されてしまうだろう」と冷静に評価することも忘れない。
ちなみに、配給への期待が高まることは、当局にとっても負担となる。期待はずれに終わった場合、当局への強い不満になって返ってくるからだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。