北朝鮮では、旅客輸送の6割、貨物輸送の9割を担う鉄道を「人民経済の先行管」「国の動脈」として非常に重要視している。多額の投資をして電化率は8割を越えているが、それがあだとなり、深刻な電力難で立ち往生する事例が相次いでいる。
女性兵士らの悲劇
金正恩党委員長は、先月の南北首脳会談で韓国の文在寅大統領の訪朝に関連し、自国の交通の劣悪さについて言及している。
「平昌(冬季五輪)を訪問した(北朝鮮の)人々が韓国の鉄道は素晴らしいと言っていた。北朝鮮は交通が良くないので、このような環境にいて北朝鮮に来たら本当に不便に感じるかもしれない。ゆったりとお迎えできるようにしたい」
金正恩氏が、全世界の前で認めざるを得ないほど、北朝鮮の交通インフラは劣悪なのだが、単に「不便」という範囲には収まらない悲劇が起きている。
(参考記事:死者数百人の事故が多発する北朝鮮の「阿鼻叫喚列車」)最近もまた、北朝鮮の列車の車内で死者が発生した。事故が起きたわけでもケンカが起きたわけでもない。食べ物がなくて餓死したのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面事件が起きたのは、軍事境界線に程近い江原道(カンウォンド)の安辺(アンビョン)から東海岸沿いを北部に向かっていた列車の車内だ。現地のデイリーNK内部情報筋によると、元兵士は兵役を終えて咸鏡北道(ハムギョンブクト)の吉州(キルチュ)の故郷に向かっていた。
軍部隊では通常、除隊(兵役満了)して故郷に帰る元兵士に3食分の弁当を持たせる。北朝鮮国内ではどこで列車に乗っても、目的地に24時間以内に到着するからだ。しかし、これはあくまで列車がダイヤ通りに走った場合の話だ。列車が大幅に遅れたため、元兵士の手元には一切の食べ物がない状態となってしまった。
ところがこの彼、引っ込み思案で他人に食べ物を恵んで欲しいとの一言が言い出せなかった。国家の配給制度が曲がりなりにも機能し、皆に余裕があった昔ならともかく、一銭も持っていない人に食べ物を施すような人は、すっかり世知辛くなった今の北朝鮮にはなかなかいない。1週間もの間、黙って飢えに耐えていたら死んでしまったというのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面同様の事件は他でも起きている。7年間の兵役を終え、列車に乗って故郷に向かっていた元女性兵士が、目的地まで1日で着くはずが10日もかかったため車内で死亡した。軍部隊からは除隊記念にコメ20キロを手渡されていたが、両親を喜ばせるために手を付けずにいたことで餓死してしまったようだ。
北朝鮮の軍は、兵士らへの食糧配給がろくになされず、栄養失調にかかる事例も多い。また、女性兵士は「マダラス」と呼ばれる性的虐待に苦しんでもいる。そんな7年の月日の間、両親との再会をどれほど待ちわびていたのだろうか。
「彼女は、一緒に食事をしようと誘っても断った。周りの乗客が、ごはんを食べ始めると席を外すこともあった。死亡する数日前からずっと横たわっているので、寝ているものだとばかり思っていたが、清津駅に着いても動こうとしないので、揺すってみたところ死んでいるのがわかった」(同席の乗客)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一方、両江道(リャンガンド)の内部情報筋は、列車の遅延で治療薬が手に入らず死亡した事例を紹介した。
ある恵山の住民は、何らかの病気の治療薬を求めて4番列車に乗り、平壌の手前の平城(ピョンソン)に向かった。ところが、3日経っても平城にたどり着かないので、途中の价川(ケチョン)で降りてタクシーで平城に向かった。
平城の市場で薬を手に入れたこの人物は、タクシーに乗って恵山に戻ったが、結局死んでしまった。死因は定かではないが、情報筋は「列車の遅延で薬を飲むタイミングを逃したから」と見ている。
この時の遅延は、金亨稷(キムヒョンジク)郡の古邑(コウプ)労働者区付近で、レールが枕木から押し出され補修工事を行ったこと、慈江道(チャガンド)の満浦(マンポ)付近で1日停電になったこと、价川で電気機関車の交代が遅れたことなどが重なって発生したものだった。
こういった事情もあり、最近の北朝鮮では長距離輸送においてもタクシーやトラックが主力だ。しかしこちらでもまた、深刻な事故が相次いでいるのだが、それについては次の機会にレポートしたい。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。