2016年に脱北して韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使の自叙伝『3階書記室の暗号 太永浩の証言』(原題)が、15日に出版された。外交官としての経験を基に北朝鮮の対外政策や体制の矛盾、金正恩党委員長の発言や逸話が紹介されている。
筆者もまだ、ぜんぶ読めてはいないのだが、あらましを紹介した韓国メディアの報道を見ただけでも、興味深い情報が盛り込まれているのがわかる。
例えば太氏は、金正恩氏の性格について「非常にせっかちで気まぐれで、荒々しい」と表現。2013年7月に改装を終えて再開館を控えた「祖国解放戦争勝利記念館」(戦争記念館)で火災が発生した際、現場を訪れた金正恩氏が水浸しになった地下に靴を履いたまま入り、「あれほど火災に注意するよう言ったのに何をしていたのか」と大声を上げたエピソードを紹介した。
金正恩氏は、化学工場だろうが学校だろうが、場所をわきまえず火の付いたタバコを指にはさんで歩き回る。そんな“ボス”から火気厳禁を言い渡された部下ちは、どれだけ真剣になれただろうか。
(参考記事:金正恩氏が「胸チラ」で禁煙をアピールする理由)もっとも、そんな不満を金正恩氏に悟られたらたいへんなことになる。何しろ金正恩氏は、視察に訪れたスッポン養殖工場の管理不備に激怒、担当幹部を処刑して、その直前の動画を公開したくらいなのだから。
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
一方、金正恩氏は南北経済協力事業として韓国企業が進出していた開城工業団地について、「開城工業団地が朝鮮の体制に対し長期的な脅威になるのではないかと多くの人が心配した。しかし得るものの方が多かった。まずわれわれに絶対的に必要な金を稼いだ」と述べたという。
この証言からは、金正恩氏が最近の首脳外交でも垣間見せた合理的で実利的な側面がうかがえる。
北朝鮮は核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発のために、あまりにも多くのものを失った。それなのに、現在はさっかく手にした核兵器を交渉材料に、対話路線に乗り出している。合理的なセンスと、絶対的な独裁権力をあわせ持っているからこそできる「大勝負」なのだろうが、そんな指導者を頂いた国民は本当に苦労する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面太氏の著書については熟読後に改めて紹介したいと思うが、今後、金正恩氏のキャラクターにいっそう大きな関心が集まるのは間違いない。
対話もまた、外交戦の一形態である。北朝鮮の非核化はまだまだ遠く、実現するまで北東アジアの安全は担保されない。われわれは金正恩氏の正体について、いくら研究してもし過ぎることはないのだ。
(参考記事:金正恩氏が「ブチ切れて拳銃乱射」の仰天情報)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。