北朝鮮を脱出し韓国入りした脱北者の数は昨年12月末の時点で、3万1339人におよぶ(韓国統一省の集計)。うち、8割近くが北部山間地の両江道(リャンガンド)と北東部の咸鏡北道(ハムギョンブクト)出身だ。これらの地域には脱北者が残してきた家族が多く暮らしている。
北朝鮮当局は、彼らを山奥に追放する措置を取ってきたが、最近になって中止したことが明らかになった。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
両江道(リャンガンド)の情報筋によると、追放措置が中止されたのは今年1月からのことだ。政府の指示に基づくものだが、その理由について情報筋は次のように説明している。
「脱北者が北朝鮮に残した家族を山奥に追放することが、さらなる脱北者を生む副作用をもたらしている」
恵山(ヘサン)市の司法機関は昨年12月、脱北者に対して大々的な調査を行った。「非社会主義現象根絶キャンペーン」の一環として、脱北者家族に対する調査を行い、都市から追放する対象者を選別するのが目的だった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ところが、この調査の後、脱北者が急増してしまったのだ。
「追放対象者となった脱北者家族は『どうせ追放されるのだったら、いっそのこと国境の向こうで生きる道を探したほうがいい』と脱北を決行した」(情報筋)
脱北者に対する厳罰は、いまに始まったことではない。
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だが、それが脱北者家族にまで及んでいることが、むしろさらなる脱北を生み出すとことにつながっていたのだ。その実態について報告を受けた北朝鮮政府は、追放措置を保留せよとの措置を取った。
北朝鮮北部から北東部にかけては、経済制裁によるエネルギー不足で数カ月にわたって停電と断水が続いているが、山奥の地域ではそもそも電気や水道の恩恵に預かれない地域もある。また、現金収入の確保に欠かせない市場へのアプローチが難しく、文明からかけ離れた極貧生活を強いられるのは目に見えている。ましてや、中国との合法非合法の貿易で比較的裕福な都市部からの追放は、死を意味するに等しい。それならば、脱北してしまおうということだ。
このような措置が功を奏したようで「脱北する脱北者家族が多少減りつつある」と咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋が伝えてきた。また、追放をやめた理由についてこの情報筋は「奥地は、監視の目が行き届かず、韓国などに住む家族から資金を得るなど脱北計画を練りやすい」という点も挙げた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面脱北者追放の中止で、脱北者の監視に当たってきた保衛部(秘密警察)も胸をなでおろしているに違いない。保衛部の要員たちは、韓国に住む脱北者が北朝鮮に残してきた家族に送る仕送りの一部を掠め取ったり、家族間の通話を見逃す見返りにワイロをせびったりして暮らしてきた。また、上層部は末端の要員にそれらのカネを上納させてきた。
そんな脱北者家族を追放することは、貴重な金づるを断ち切ることに他ならない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。