金正恩氏の大胆不敵さを育んだ「極秘の軍隊生活」秘話

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北朝鮮の金正恩党委員長が、その大胆な外交スタイルで世界の注目を集めている。中国を訪問し、習近平国家主席と会談した時の映像を見る限り、国内にいるときと比べ固くなっている観は否めない。

しかしまだ34歳という若さや、これが初の外遊であるという事実、そして米国を向こうに回して核兵器開発に邁進してきた状況を踏まえれば、金正恩氏の行動が大胆かつ果敢なものであるのは誰も否定できないだろう。

金正恩氏のこのような図太さは、どこで養われたのか。彼の経歴にはいまだに謎が多く、キャラクターを分析する手掛かりは少ない。ただ、少ない手掛かりの中にも、非常に興味深いものがある。

「シゴキ」「パシリ」も経験

筆者は以前、北朝鮮中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表の情報をもとに、金正恩氏がかつて身分を偽装して極秘裏に軍に入隊し、一兵卒として軍隊生活を送ったとの説を紹介したことがある。

極秘入隊は、金正恩氏の母・高ヨンヒ氏が、いずれ最高指導者となる息子を鍛えるための「武者修行」として計画したものだった。金正恩氏はそのようにして経験することになった軍隊生活で、上官による「シゴキ」や「パシリ」も経験したという。

(参考記事:金正恩氏は「シゴキ」と「パシリ」を経験した…謎の軍隊生活秘話

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ただ、「超」が付くお坊ちゃま育ちの金正恩氏も、軍隊生活にまったく順応できなかったわけではなかった。また、厳しい軍隊生活の中で、様々な人間関係も構築している。その詳細を知ることは、金正恩氏のキャラクターを知る上で、決して無意味なことではあるまい。

2005年初め、ある砲兵中隊に下級兵士として入隊した金正恩は、翌年には紆余曲折の末、中級兵士に昇進したという。その陰には、3人の上官の助けがあった。

ひとり目は、中隊長のA氏だ。A中隊長は、金正恩の独特なルックスに注目し、「君は首領様(故金日成主席)に似ているので、1号俳優になれるな。除隊したら必ず有名な俳優になれ」と言っていたという。もちろん、A中隊長は金正恩氏の正体について、まったく気づいていなかった。ただ、軍隊生活に馴染めない若者を力づけようと、そのような言葉をかけたのだ。

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これは、以下に登場する人々も同様だ。金正恩氏は、単に平壌出身の若者としか知られていなかった。中隊内には、いざという時に備え金正恩氏のボディーガード役となる兵士が3人配置されていたが、そのことを知るのは本人たちと権力中枢のみであり、金正恩氏も彼らの正体を知らなかったという。

A中隊長と同様にB副中隊長も、金正恩に思いやりを持って接した人物だった。金正恩氏の失敗を叱るよりは、「平壌出身が軍隊に来て、苦労が多いな」と激励した。

そして、金正恩氏にとってほかの誰よりもありがたかったのが、直属の上官であるC分隊長だった。金正恩氏が軍隊生活の困難を乗り越えられたのは、まさにC分隊長のおかげであり、彼は金正恩氏にとって真の戦友と言える存在だったという。

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C分隊長は地方の農場出身で、コネも何もない人物だった。それだけに、太り気味で鈍重な金正恩氏に対し、故郷の「末の弟」を見るように感じを抱いたのかもしれない。それとともに、平壌出身者に対するあこがれも作用したようだ。C分隊長は金正恩氏に対し、「私の夢は、平壌の大学に推薦を受けて入学することだ」と話したという。北朝鮮において、地方の農場出身者が都会に出るには、まさにこれが唯一の方法なのだ。

一方、部隊内には「悪役」もいた。D政治指導員とE小隊長だ。2人は金正恩氏を、何かというと「白ブタ」「平壌の世間知らず」などと罵倒し、シゴキを加えるなどして苦しめたという。

金正恩氏のそんな軍隊生活は、ある日、突然の幕切れを迎えた。

2006年の末ごろ、彼の所属する砲兵中隊に難題が持ち上がった。中隊が所属する軍団が地域に小型水力発電所を建設することになり、それに必要な鋼材の調達を分担させられたのだ。A中隊長は、頭を抱えた。調達と言っても、方法は2つしかない。隊員やその親たちの人脈を総動員して確保するか、近隣の工場などから盗んでくるかだ。

A中隊長は、兵士・金正恩氏に助力を求めた。平壌出身ならば、力を貸してくれる親戚でもいるかもしれないと思ったのだ。金正恩氏は、恩義あるA中隊長の頼みを快諾。こうしてA中隊長と金正恩氏は、平壌出張に旅立った。

平壌に向かう途中、2人が元山―平壌高速道路に至ると、そこには新型ベンツ(S600)が迎えに来ていた。2人は事情を飲み込めないまま車に乗せられ、平壌に移動した。ベンツを送ったのは他でもない、金正恩氏の父・金正日総書記だった。

A中隊長はこのときになって初めて、金正恩氏の正体を知った。金正日氏は、「私の息子を引き受けて、苦労が多かったでしょう」と言って中隊長をねぎらい、鋼材調達の課題も解決されるよう部下に指示を下したという。 A中隊長は、金正恩氏の身分を「隠し通せ」という朝鮮労働党組織指導部の命令を受けて、ひとりで軍に復帰した。

その後、A中隊長やB副中隊長が、金正日・正恩氏の意により「超スピード出世」を果たしたのは言うまでもない。

中でも、最も注目すべきはC分隊長のその後である。平凡な農場員であった彼は金正恩氏の配慮で金日成総合大学政治経済学に入学し、生涯の願いを遂げた。それだけではない。C分隊長は卒業後、国防委員会を経て護衛総局に配属され、現在も金正恩氏の身辺警護を担当しているとされる。護衛総局はあの「喜び組」も傘下に抱える、金正恩氏の親衛隊である。

さらに驚くべきことは、C分隊長の結婚相手だ。C分隊長の妻となったのは、モランボン楽団団長であり、先月には三池淵(サムジヨン)管弦楽団を率いて韓国公演を行った元歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏だとされる。

朝鮮労働党幹部にも取り立てられた玄氏は、今や金正恩氏の側近のひとりに数えられる存在となりつつあるが、彼の夫もまた、最高指導者の身近に使える身なのである。

このようなエピソードが事実だとすれば、そこから垣間見えるのは、金正恩氏が自分の目で周りの人々を観察し、「側近チーム」を構成する能力とスタイルを持っているのではないかということだ。現に、金正恩体制では女性らの活躍が目立っており、これは北朝鮮においては前例のないことだ。

冒頭でも言ったとおり、金正恩氏にはまだまだ謎が多い。その謎の数だけ、われわれは今後も驚かされ続けることになるのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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