北朝鮮の金正恩党委員長は、自国民の脱北防止に躍起になっている。国内での予防にとどまらず、脱北者の多くが経由する中国に多数の人員を配置し、摘発に力を入れている。任務に当たっているのは、金正恩党委員長の「拷問部隊」として知られる国家安全保衛省(秘密警察)の要員たちだ。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、金正恩党委員長が脱北者取り締まりと関連して、次のような指示を下した。
「2月中旬、咸鏡北道、両江道(リャンガンド)、慈江道(チャガンド)の保衛部に対して、中国国内の秘密情報員保安網を今月末までに再点検し、結果を報告せよとの指示が下された」(情報筋)
これは、脱北者の情報を探る情報提供者を新たに確保せよということだ。
北朝鮮の保衛部は、中国の遼寧、吉林、黒龍江の各省に保衛員を送り込むだけではなく、情報提供者を抱き込み、監視対象の一挙手一投足を監視させ、その情報を元に逮捕・拉致の狙いを定めている。
(参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
抱き込みは非常に緻密に行われる。
例えば相手が脱北者の場合であれば「家族がどこで何をしているかすべてお見通しだ」と脅迫した上で「言うことさえ聞けば何事も起こらない」と懐柔して情報提供者に仕立て上げる。
中国にいる脱北者は、韓国や第三国に向かうことが目的ではなく、現地で数カ月から数年働き、生活費や商売のタネ銭を稼いで北朝鮮に戻る「出稼ぎ脱北」であるケースが多い。逮捕され強制送還されれば、稼いだカネを没収され、教化所(刑務所)送りにされてしまう。保衛員はそんな恐怖心を操り、仲間の脱北者の動向を報告させるのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面保衛部は、子どもを利用することすらいとわない。警戒心が持たれないことを利用して、脱北者の周辺を探らせるという。一方、貿易業者には「儲け話がある」と持ちかけ、それと引き換えに情報を提供させる。
同時に北朝鮮当局は、国境警備のさらなる強化も行っている。金正恩氏は、脱北者は射殺してもかまわないという趣旨の指示すら出している。
このような戦略が「功を奏した」のだろう。脱北して中国に潜り込んだものの、逮捕され北朝鮮に強制送還される脱北者が増えていると情報筋は述べた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面2017年に韓国に入国した脱北者の数は1127人(暫定値)で、ピークだった2009年の2914人と比べ6割以上も減少した。警備強化に加え、北朝鮮国内の経済事情が好転したことも減少の一因と思われるが、国際社会の経済制裁が真綿で首を絞めるように庶民の暮らしに悪影響を及ぼし始めたと言われる今、以前のように生活のために脱北しようとしても、そうは行かない状況になってしまっているのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。