北朝鮮では、なし崩し的に市場経済化が進んでいるのに伴い、食糧事情が改善してきた。しかし、軍隊は閉鎖的な集団だけに市場経済化の流れから取り残され、少なくない兵士たちが栄養失調に苦しんでいるとされる。つまり、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の本当の敵は「飢餓」であると言うことができるのだ。
このような背景から、飢えに苦しむ兵士たちが協同農場を襲撃し、農作物を略奪する事件が頻発。地域住民からは「あんな土匪(馬賊)みたいなやつらを使って、一体どんな戦争をするというのか」と罵られている。飢えた兵士たちは、国境を越えて中国にまで侵入し、たびたび強盗事件を起こしている。そのため、中朝国境地域の中国側では、地元住民が自警団を結成して対応するほどだ。
民間女性への性暴力
韓国の北韓人権情報センター(NKDB)が最近発刊した「軍服を着た収監者~北朝鮮軍の人権実態報告書」は、主として北朝鮮軍兵士に対する人権侵害のデータをまとめたものだが、兵士らによる民間人への殺害・暴行・略奪についても言及している。
それによると、同センターの調査に応じた元軍人の脱北者70人のうち、兵士が民間人を殺害するのを見たことがあると答えた者が7人、話を聞いたことがあるとの回答は15人に上った。
調査対象者の分母はごく小さいものではあるが、それでこれだけのヒット数が出るとは、むしろ背筋が寒くなる思いがする。ちなみに回答者の属性は、70人中51人は下士官と兵士で、19人は将校である。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、37人は1990年代に食糧危機が本格化する以前に入隊していた。当時は今と比べると、軍隊内にもいくらか整然とした空気があったのかもしれない。しかし、その後は兵士らに対する配給もまともに行われなくなり、殺伐さが増したものと思われる。
同報告書によると、回答者のうち14人が、民間人に対して暴行を働いたことがあると答え、25人は同僚による民間人暴行を目撃したと答えた。
また、45人は民間人から略奪した経験があると答え、略奪を目撃したとの回答は7人、聞いたことがあるとの答えが7人だった。こうした略奪は、いずれも上官からの指示で行われていたもようだ。もちろん、北朝鮮軍とて略奪を認めているわけではない。摘発されれば犯人は厳罰に処せられるが、上官から罪を着せられ、公開銃殺される兵士も少なくないとのことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一方、北朝鮮軍人による民間人女性に対する性暴力の実態については、かなり深刻と答えたのが7人で、深刻が9人、やや深刻が25人だった。この部分の答え方があいまいなのは、これが回答者たちにとっても、微妙な問題であるからかもしれない。
北朝鮮軍の最も深い闇は、この辺にあるということだろうか。
(参考記事:ひとりで女性兵士30人を暴行した北朝鮮軍の中隊長)だが、17才で兵役に就く北朝鮮の若者たちは、何も犯罪者になりたくて軍隊に行くわけではない。最初は、祖国を守る使命感に燃えているのだ。しかし、理不尽な軍隊生活の中で堕落し、犯罪に手を染め、深刻な挫折を味わうことになる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そして北朝鮮当局は、そのような問題の原因が自国の体制から生まれていることを隠し、兵士たちの不満を、米国や韓国に対する敵愾心に作り替えようとしているのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。