懐メロを熱唱する北朝鮮「美人支配人」の胸の内にあるもの

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北朝鮮の金正恩党委員長が韓国へ仕掛けた「微笑み外交」の余波が、意外なところに及んでいる。北朝鮮は平昌冬季五輪に合わせ、急造した三池淵(サムジヨン)管弦楽団や美女応援団を韓国へ送り込んだ。

芸術団の公演では北朝鮮が得意とするプロパガンダ曲や軍事色の強い楽曲を極力避け、クラシックや政治色の薄い演目で勝負した。時には、ひときわグラマラスで目立つ女性をセンターに据えるなど、硬軟織り交ぜた演出を見せた。

(参考記事:北朝鮮芸術団、韓国男性を悩殺する「グラマラス美女」の正体

三池淵管弦楽団は、韓国で大ヒットした懐メロソング「Jへ」を披露した。「Jへ」は李仙姫(イ・ソニ)氏が1984年に発表した歌で、懐かしがった観客もいただろう。一方、これがきっかけとなり、北朝鮮でも「Jへ」が流行しつつあるという。

平安北道(ピョンアンブクト)在住のデイリーNK内部情報筋によれば、三池淵管弦楽団の帰国公演を見たある住民が、「『Jへ』は初めて聞いた。是非覚えたい」と語っていたという。

脱北者のSさん(女性)は、「『Jへ』について、過去の思い出を呼び起こす魅力がある」と語る。Sさんは、1991年に社会主義労働青年同盟(現金日成、金正日主義青年同盟)の講習会で平壌を訪れた時、寄宿舎で「愛の迷路」を弾き語りする青年幹部に淡い恋心を抱いたという。なんともほのぼのするエピソードだ。

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ちなみに北朝鮮ではこれまでにも、韓国の懐メロが歌詞を一部変えて歌われている。デイリーNKは、平壌のある食堂の女性支配人が韓国の懐メロ「愛の迷路」を熱唱する映像を入手している。これは今から8年前、2010年のものだ。

「Jへ」が人気を呼ぶ背景には、北朝鮮の女性たちが置かれている苦しい現実がありそうだ。

近年、北朝鮮の女性たち、とりわけ都市に在住する女性たちは結婚をあきらめて、独身を選ぶ傾向にある。なぜなら北朝鮮の庶民社会では、男性よりも女性の方が生活力があるからだ。男性は、たとえ給料が出ずとも正規の職場に毎日出勤するよう義務付けられているが、そうした縛りのゆるい女性たちは、市場で商売をして稼ぐことができる。そのため女性らの中には、「どうして自ら進んで、男を養う義務を背負う必要があるのか」として、結婚それ自体を敬遠する風潮が広がっている。

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また、北朝鮮はもともと男尊女卑が根強い。労働党などの国家機関や軍隊では出世をエサにした「性上納」を強要されることもある。

ただでさえ、女性に対する人権侵害が横行する中、結婚によってさらに負担が大きくなるよりは、自分一人で生きていくという女性が増えている。それでも「人を好きになる感情は生まれてくる」とSさんは言う。世知辛い北朝鮮社会で「Jへ」を聞くと心が癒やされ、忘れていた感情を思い起こさせるのかもしれない。

「Jへ」に限らず、北朝鮮で韓国の懐メロが流行する背景には、住民たちが当局のプロパガンダ文化に辟易していることがある。金正恩時代に入って、モランボン楽団や青峰(チョンボン)楽団などがエンタメ色の強い舞台を見せてはいるが、やはり根底にあるのは体制賛美である。

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しかし、韓流コンテンツは御法度である。時には韓流を見たというだけで、命を落とすことすらある。また、平昌冬季五輪のために派遣された美女たちも帰国後、韓国の文化に触れたことで、思想教育を受けていると伝えられている。なぜ金正恩体制は、ここまで韓流を目の敵にするのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記