韓国では昨年、「脱北美女」タレントとして活動していたイム・ジヒョンさんが突然消息を絶ち、その年の7月に北朝鮮の対外向けプロパガンダメディア「わが民族同士」に登場したことが話題となった。
(参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的)彼女については北朝鮮による「拉致説」が根強く囁かれているが、その一方で、韓国社会に馴染めず北朝鮮に戻る脱北者も少数ながらいる。韓国社会において、多くの脱北者は「最下層」に追いやられており、理想と現実のギャップに耐えられず、家族のいる故郷へ戻ることを選択するのだ。
最近も、北朝鮮に大量のコメを送った韓国在住の脱北女性が逮捕・起訴される出来事があった。ただしこの女性は、商売で成功していた点で珍しい例と言えるかもしれない。
韓国紙・中央日報によると、自営業の女性・A容疑者は2016年12月と昨年4月の2回にわたり、中国の業者に1億500万ウォン(約1050万円)を送金して調達したコメを、北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)に送らせていた。さらに昨年11月にも、8000万ウォン(約800万円)を送金したが、その直後に韓国当局により国家保安法容疑で摘発された。
2011年に脱北したA容疑者は、京畿道で始めた店の経営がうまく行き経済的に安定した生活を送っていた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、北朝鮮に残してきた息子(10代後半)と再会するために、北朝鮮行きを考えていた模様だ。息子とは携帯電話で連絡を取り合っていた。また、保衛省とも連絡を取り、「コメを送れ」と要求されていた。取り調べの結果、国家機密の漏洩などの重罪は犯していないことが明らかになっている。
中央日報の取材に応じた脱北者によると、昨年の農産物の作況が悪かったことに加え、国際社会の制裁で北朝鮮では穀物の備蓄需要が高まっているため、保衛省はA容疑者にコメを要求したもようだという。たま、そうした要求に応じてうまく振る舞えば、脱北者が北朝鮮に帰っても処罰されないと背景を説明した。
韓国の国家保安法は第5条で、反国家団体(北朝鮮政府)などを支援する目的で金品を送ることを、第6条で、反国家団体の支配下(北朝鮮の領土)に入ることを禁じており、いずれも最高刑は懲役10年だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面韓国に暮らす脱北者が、北朝鮮に残してきた家族に金品を送る行為は厳密に言えば違法行為だが、半ば公然と行われてきた。
京畿道庁の京畿道家族女性研究院が、道内の脱北者女性400人を対象に調査を行った結果、47.0%が「北朝鮮に残した子どもに送金したり、物を送ったことがある」と回答し、送金額の合計が「600万ウォン(約60万円)以上」と答えた人が35.5%に達した。また、米国務省が2014年に発表した報告書によると、脱北者が北朝鮮の家族に送金する額は、少なくとも年間1000万ドル(約10億6400万円)に達する。
通常は、送金したことで逮捕されることはないが、今回のケースは量が多かったこと、送った相手が保衛省だったこと、北朝鮮に戻ろうとしていたことなどが重なって逮捕に至ったものと思われる。また、A容疑者が財産を処分していたことから、北朝鮮に戻ることを防ぐための逮捕でもあるようだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。