妹・金与正氏を「アイドル化」した金正恩氏のメディア戦略

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北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長と、金正恩党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長ら高位級代表団が、平昌冬季五輪に合わせて韓国を訪れたことを写真入りで大きく報じた。

これを見た平壌市民が、様々な反応を見せている。デイリーNK内部情報筋によれば、「平壌の地下鉄やバスの車内では、金与正同志の南朝鮮(韓国)訪問の話があちこちから聞こえる。人が集まったかと思えば、金与正同志の話ばかりだ」という。

たしかに、金王朝の「プリンセス」が笑顔を振りまく写真を多数紹介するスタイルは、かつてのおカタいだけの北朝鮮メディアにはなかった手法だ。その新しい宣伝戦略が、金与正氏を「アイドル化」しているのかもしれない。

そして、そうしたメディア戦略はまず間違いなく、金正恩氏が直接統括している。そうでもなければ、北朝鮮メディアが金正恩氏の「ヘンな写真」を次々と公開できるはずがない。

(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

また、金与正氏への注目が高まる裏では、北朝鮮の人々の次のような期待が作用してもいる。

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平壌市民は、硬直状態に陥っていた南北関係の改善に注目している。「民族の悲願である南北統一」などという高尚な理由からではない。韓国製品の販売、所有、韓流ドラマ、映画の視聴に対する厳しい取り締まりが緩和されるかもしれないという、とても現実的な望みからだ。

「南のものは何から何まで敵対視する状況が続いてきたが、(金正恩氏が)実の妹を派遣したのを見て『新たな局面』が開けるのではないかという話が飛び交っている。韓国製品を自由に売り買いし、韓流ドラマを自由に見られる日が早く来て欲しいという人々の本音が表れてきた」(情報筋)

北朝鮮当局はドラマ、映画、バラエティなどの韓流コンテンツへの取り締まりを強化し、拷問を苦にして命を絶つ人も出ている。

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庶民の中には、「今まであれだけ(韓国を)悪しざまに非難しておいて、よく恥も外聞もなく妹を送り込めた」などと金正恩体制を非難する人もいるという。また、「妹を送り込むほど南北関係の改善が急務だった」とし、北朝鮮国内の状況がよくないことの現れと見る人もいるとのことだ。

さらに、金与正氏の体形から妊娠説が出ていることについては「あんなに腹が出ているのを見ると、子供を身ごもっているのは確実だ」という意見と、「身重ならいくらなんでも敵地に送り込まないだろう」という意見に分かれているという。

今まで北朝鮮メディアでさほど大きく取り上げられたことがなかった金与正氏が、労働新聞の1面を飾ったことについて、高級幹部の間では次のような話が交わされているという。

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「元帥様(金正恩氏)は夫人の李雪主(リ・ソルチュ)同志より、妹(金与正氏)の言うことをよく聞くほどかわいがり、信頼が厚い。李雪主同志があまり表舞台に立たないのは、金与正氏の影響力のせいだというのが高級幹部の間での評価だ。老幹部の中には、金正日総書記と妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)氏との関係より格別だという人もいる」(情報筋)

いずれにしても、北朝鮮国内においても今後しばらくは、金与正氏への注目度は高まって行きそうな気配だ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記