平昌冬季五輪の開会式に出席するため訪韓したペンス米副大統領は9日、ソウル南方にある平沢の韓国海軍第2艦隊司令部で脱北者と面会し、金正恩体制による人権侵害を強く非難した。面会には、北朝鮮を旅行中に拘束され、昨年6月に昏睡状態で解放後に死亡した米国人大学生オットー・ワームビア氏の父親も同席した。
トランプ米大統領は、ワームビアさんが北朝鮮で拷問されたと主張している。
(参考記事:「性拷問を受けた」との証言も…北朝鮮は外国人に何をしているのか)これに、北朝鮮メディアは即座に反応。主要各紙は「(五輪と南北対話の)雰囲気を壊すために拳を振り回して悪口を並べ立てるペンスの妄動は、トランプのヒステリーを連想させる」などと非難する論評を一斉に掲載した。
北朝鮮がこのような敏感な反応を見せるのは、人権問題こそが、金正恩体制の最大の弱点だからだ。北朝鮮は決して核兵器を放棄しないだろうが、核開発の「凍結」を宣言するというカードを持っている。そのカードを上手に切ることができれば、米軍のアジアでのプレゼンスを警戒するロシアや中国、北と対話を進めたい韓国の支援で、国際社会の経済制裁を突破する絵を描くこともできる。
ところが人権問題は、金王朝の独裁を維持するうえでその根幹にかかわる問題だ。人権侵害を止めるということは、恐怖政治を止めるということだ。恐怖政治なしに、金正恩党委員長の独裁体制は成り立たない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面デイリーNKの内部情報筋によれば、江原道(カンウォンド)金剛(クムガン)郡に駐屯する第1軍団第2師団の兵站担当者が1日、国家財産の横領罪で公開処刑を宣告されたという。
(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」)「担当者は過去2年間に、戦時作戦用の燃料3.5トンを横流しした容疑をかけられた。そのため、最高司令官(金正恩氏)の指示として公開処刑の決定が下された」(情報筋)
燃油の横流しが事実ならば、それ自体は重罪である。戦車も装甲車も艦艇も、また弾道ミサイルの移動式発射台も、燃料がなければ動かない。横流しを黙認するのは軍の崩壊を見過ごすことに等しく、どの国の軍隊でも重罰に値するものだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面死刑制度それ自体の是非はあえて問わないとしても、まず問題となるのは、果たして適正な捜査と裁判が行われたかだ。情報筋によれば、件の担当者の階級は上尉だという。これは中尉と大尉の間に位置する階級であり、どちらかというと末端の幹部だ。それなのに2年もの間、独断で燃料の横流しを続けられたのか疑問である。より上位にある幹部の罪が押し付けられた疑いがあるということだ。
この例に限らず、日本では罪とも言えないような罪により、北朝鮮では簡単に人が処刑される。過去には、「ポルノ動画を作っていた」というだけで、複数の芸術家が虐殺されたこともあった。
(参考記事:美貌の女性らが主導…北朝鮮芸術家「ポルノ撮影」事件の真相)そんな国の独裁者と握手をすることなど、まともな国の元首ならば考えられないことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮は、国際社会で自国の核兵器の「脅威」が語られることはまったく気にしていないはずだ。むしろ、歓迎しているくらいだろう。
それとは逆に、人権侵害が焦点となることに対しては大いに警戒しているはずだ。国際社会の目がそこに集中したとき、韓国に対していかにラブコールをしようとも、文在寅政権は身動きが取れなくなってしまうからだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。