金正日と金正恩、親子二代にわたる女性アイドルへの執着心

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韓国で9日に開幕する平昌冬季五輪にあわせて、北朝鮮から派遣される三池淵(サムジヨン)管弦楽団の公演が、江陵(カンヌン)市では8日、首都・ソウルでは11日に予定されている。この公演の無料チケットの抽選が2、3日の両日にかけて受け付けられたが、当初530組(1060人)の募集枠になんと約15万6千組が応募。ソウルの公演の倍率は実に468倍だったという。

公演準備のため三池淵管弦楽団の玄松月(ヒョン・ソンウォル)団長率いる7人が先月21日午後、江陵駅に到着した際には数百人の市民が集まり、大きな拍手と歓声で迎えた。韓国メディアは、玄氏が身につけているコートやバッグのブランドに注目するなど、国際的なスターが訪れたかのような伝え方だった。

彼女は三池淵管弦楽団の団長として訪韓したわけだが、朝鮮労働党中央委員会の委員候補でもある。今回の公演に際して行われた実務会談にも北朝鮮代表として参加した。過去には金正恩党委員長元カノ説が流れ、金正日氏と親密な関係にあったと噂されている女性だけに、注目が集まるのも当然だ。

(参考記事:金正日の女性関係、数知れぬ犠牲者たち

玄氏の「本職」は、金正恩氏の肝いりで創設された北朝鮮初のガールズグループ・モランボン楽団の団長である。今回は三池淵管弦楽団の団長となっているが、楽団も肩書きも韓国公演のために一時的につくられたものと見られる。

モランボン楽団は、公式にはポチョンボ電子楽団の後継団体とされており、初代メンバーの一部はポチョンボ電子楽団の出身だ。だが、演奏する楽曲や歌手のコスチュームは、過去の北朝鮮歌謡、いわゆる「NK-POP」には見られなかった特色を持つ。

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楽団が初舞台を踏んだのは2012年7月だ。前年末の金正日氏の死去から8ヶ月後にデビューしたことになる。金正恩氏は、金正日氏が死ぬやいなや、父が創設したポチョンボ電子楽団を発展的に解消する形で、モランボン楽団の創設に着手していたのかもしれない。

モランボン楽団は、金正恩時代を象徴する楽団として北朝鮮国内だけではなく、世界的に知名度を高めていく。演目は金正恩礼賛を柱としているが、2015年には冷え込んだ中朝関係を改善するための切り札として北京に送り込まれた。団長・玄松月氏率いるモランボン楽団のメンバーは、柔らかい笑顔を振りまき、友好ムード一色だった。しかし直前になって北朝鮮側が一方的に公演をキャンセルする。

ドタキャンの理由は不明だが、筆者はモランボン楽団が予定していた演目に中国側がクレームをつけたことが発端ではないかと見ている。また、ドタキャンは現場の判断ではなく、北朝鮮本国からの指示だったのは間違いない。キャンセルが決まった後、メンバーたちがまるで氷のような冷たい表情で北京を後にしたことが印象に残っている。

(参考記事:モランボン楽団は金正恩氏の「ワナ」だった!?

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モランボン楽団は、金正恩氏の特別な寵愛を受けているだけではなく、金正恩氏の代理、メッセンジャーでもあり、金正恩ファミリーに最も近いタレント集団でもある。

楽団の初代ギタリストであるカン・ピョンヒ氏は、金正恩氏の実兄である金正哲氏と、ロンドンでエリック・クラプトンのライブを鑑賞した。彼女と金正哲氏の関係は詳らかでないが、金正恩氏の夫人である李雪主(リ・ソルチュ)氏が、「血の惨劇」とともに解散させられた銀河水(ウナス)管弦楽団の元歌手であることを考えれば、交際していたとしても不自然ではない。

(参考記事:遺体が粉々になり原型とどめず…金正恩氏の「劇団員虐殺」事件

いずれにせよ、北朝鮮の最高指導者はよほど女性アイドルへの執着心が強いようだ。故金正日氏の妻であり、金正恩氏の実母である高ヨンヒ氏は万寿台芸術団の舞踊手だった。玄松月氏には金正日氏の愛人説もある。李雪主氏については前述したとおりで、さらには金正哲氏と親密な関係にあるカン・ピョンヒ氏もいる。

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ゴシップ的な視点を越えて女性アイドルたちの動向や立場を検証することが、金正恩時代を理解するための重要なファクターになるのかもしれないのだ。

(参考記事:機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記